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雪かき

結局昨日の積雪は22cmでした。
今日は良く晴れて気温も高いのでわざわざ雪かきをする必要がないのですが、車に乗り降りする所・出入りするところ、および家の周りの歩道だけ雪かきをしました。
昨年までは道路の向かいが畑地だったのでどんどんそこへ押しやってしまえばよかったのですが、今年は宅地化されていてそれが出来ません。仕方がないので、我が家の塀の根元に積み上げました。
本気で雪かきをしなければならない時には大変です。
そろそろ「融雪剤」の仕様を考えねばなりませんね。
散歩は、半分溶けかかった雪道を通らねばならず、水たまりとの戦いです。山道は昨日除雪したようで、10cm位の雪しかありませんでした。これくらいだと、登りもくだりもずいぶんと楽です。

昨日心配していた小鳥たちも、今日の夕方になってやっとやってきました。どこで過ごしていたのでしょうか。

これはツグミです。

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これは、田圃の中を元気に飛び回っていたスズメです。


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南岸低気圧とやらで、久し振りの雪になりました。午前中から降り出し、夜になってもまだまだ降っています。18:00現在の、我が家の定点観測ポイントでの積雪は15cmでした。
15cmと言うと少々邪魔な量です。とりあえず明日の朝、新聞を取に行くルートと、新聞屋さんがポストに入これだけ雪が積もってしまうと、スズメも餌探しが大変だろうと思い、ビニールシートに餌を蒔いてやったのですが、スズメがまったく外に出ていないので夕方になってもそのまま残っています。雪を避けているのでしょうが、餌はどうしているんでしょうか。
雪が降っていないと、雪の上にまいた餌にむらがってくるのですが・・・。

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最後には積雪22cmに成りました。(PM11:00)

東京を目指す

阿武隈川の堤防を歩いていたら、かつて同じ会社に勤めていた方と出会った。彼も毎日堤防を歩いているみたい。彼は現役時代は、工場を代表して駅伝競走に出ていたぐらいのアスリート、足の強さは並みの人ではありません。
立ち話をしていたら、今は1ヶ月で東京に行きつくだけの距離を歩くのですと言っていました。30日毎日歩くとして1日12kmですね。今日もそのくらいの距離で折り返していきました。
私は鳥を探しながらゆっくり歩いていたのですが、やっぱり平地は疲れますね。
それと今日は小さな鳥を少しでも大きく写せないかと300mmに1.2倍のテレコンバーターを付けて(360mmになる)試してみたのですが、ここまで望遠にするとさすがに手持ちではピントが合いにくいですね。10枚くらい撮ってやっと1枚がまともに映るくらいです。手持ちではいいとこ300mmが限界みたいですね。
次がやっとものになった1枚。ツグミです。

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虫歯の治療

虫歯治療の2回目を今日受けました。削り取った後の処置がうまくいっているかの検査です。どうやら綺麗になっているようです。次回は、型を取りましょうと言う事になり、レントゲン写真も写しました。あと3回は通院ですね。

長距離散歩

昨日は亘理町の「鳥の海」まで、超長距離の散歩に出かけました。約28km、歩数にして49000歩強。疲れてしまって何実する元気がなく寝てしまいました。今日はじっとしていた後は足が痛くて仕方ありません。
やっぱり喜寿ですねー。昨年は歩いてていないのですが、それまでは何度も出かけていました。確かに疲れはしましたが、昨日ほどの疲れを感じることはありませんでした。トレーニングで、体力の低下速度を緩やかにするのだと言っていますが、急勾配で低下ているようです。今日散歩で山を登ったのですが、何時もより楽に登れた様に思います。平地を歩くのと坂道を歩くのとは足の使い方が違うのでしょうね。明日から又平地のトレーニングにも取り組んでみます。
行きはよいよいで、鳥の海についてからはこの店で「ほっき飯弁当」を買いました。震災前にはここで営業していたようですが、津波で流され一時仮設の店舗で営業していました。昨年9月に又元の所で営業を始めたようです。ほっき飯、シャコ飯、アナゴ飯、はらこ飯や焼き魚、フライなども売っています。結構な人気で昼時にはちょっとした行列ができます。店にはテーブル席が作ってあり、そこで食べることが出来その際セルフサービスですが吸い物が付きます。そうそう営業は土曜・日曜・祭日のみです。

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以前から鳥の海の亘理温泉の建物の中に「ふれあい市場」言って、地場産品の売り場がありました。今度は漁協の建物の1階に店を開いたようです。日曜日とあって結構賑わっていました。ここで「亘理イチゴ」をお土産に買いました。

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一方の「亘理温泉」も昨年10月より営業を始めています。以前はここで宿泊もできたし、レストランもあって時々使っていました。レストランの窓から蔵王が綺麗に見えたものです。出向いて尋ねると、今は浴場のみ営業をしているようです。

ついでにと思って、阿武隈川の亘理側の堤防の様子を見て回りました。どうやらこれが一寸余分だったようです。颯爽と帰りかけたのですが、疲労困憊の極致、よたよたと帰ってきました。

カモメです。

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今日は寝ます

散歩で疲れたところに、町内会の理事会迄ありました。疲れたので今日は寝ます。

役員選出

ここ3日ほどは、実に何もなく平々凡々と過ぎましたので休んでいました。
今日は久し振りに風もなく穏やかに晴れ上がりました。千貫山から望む蔵王も、山頂は雲の中でしたが各スキー場辺りはすっきりと晴れていました。良いスキー日和だったでしょう。
雑木林に入ってもしやと思って落ち葉に埋もれたところに有る春ランの株元をかき分けてみたら、もう蕾が出来ていました。

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こちらは昨日撮ったフキのトウです。

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山麓に降りてみると何だか木が芽吹いてるように見えたので近寄ってみると、ロウバイが花を付けていました。

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なんだかんだと言っていますが、季節は確実に進んでいるようです。

そうそう今日は町内会の各班から来期の役員を選出して、名簿を提出してもらう期限でした。それぞれ確執はあったようですが全班から提出してもらいました。現役員としてはやれやれです。

虫歯

4日前に虫歯でかけてしまった奥歯の治療を始めました。なんでも、ひどい虫歯なのでほとんど根っこから治療が必要なんだそうです。そういう事でまずは、歯茎に麻酔の注射です。硬いい歯茎に針を突き刺すときが一番痛いですね。刺さってしまえばあとは麻酔が効いてくるからなんという事も無いのですが・・・。2本やられました。
麻酔が効いて来るまで暫く時間をおいてから、歯をグラインダーでけずります。根っこからと言っていた通り凄く時間をかけて削りました。残ったのは本当に根っこだけです。
削っている間は何も痛みはないのですが、あのガリガリと削るのは、直接脳に伝わって何とも嫌な気分です。まったく精神衛生上良くありませんね。4時間ほど経過しましたが、痛みは出てきませんから、このままでしょう。
どうやら3~4回は通院しないといけないでしょうね。今夜のおかずは豆腐料理だったので助かりました。

色々あります

大きな災害の時の話にはいろいろとあります。
阪神大震災に時
伊丹の人が、西宮の方に姉がいるので心配になり、安否を確かめるために、交通機関はダメになっているのでまあお金もあるし、自販機などもあるからからなんとかなるだろうと、歩いて出かけたそうです。でも歩いて西宮の方に近づくにつれ、被害はますますひどくなり食料も飲み物もまったく手に入らず、飲まず食わずの状態でたどりついたそうです。渦中にいると状況がわからないのですね。

私の居たアパートの上の人の話。部屋が狭いのもいいことがあるんですね。息子の寝ていた部屋は左右にタンスを置いていたのです。それが双方倒れて来て、お互いに「人の字」の様にツッパリあって倒れるのが防がれました。息子はその隙間で助かりました。

同じアパートの人。姉はいつも始発電車で出かけていたのですが、その日は一つ遅い電車に変更したのです。もし、始発だったら駅舎の下敷きになっていたのでしょうね。(駅舎は倒壊していました。)

全国的なニュースにもなりましたが、一週間後に瓦礫の中から助け出された男の子がいましたが、聞けは
同じ工場に勤めていた方の子供さんだったようです。

伊丹には、自動車のデイスクブレーキを作っている会社があり、相当量を各自動車メーカーに収めていたそうです。早く被害から復旧させるために、日本の自動車メーカーから応援が来ました。各社のユニフォーム姿の人であふれていたそうです。

これは東日本大震災の時の話。
家族が一緒になって避難したのですが、途中で娘がもう一度家を確認してくると戻ったまま帰ってきませんでした・・・。

命からがら避難してきました。そうしたら市の西の方に住んでいる方が、犬に散歩をさせているのを見て唖然としました。

阪神大震災

20年前の今日、当時勤務していた伊丹の工場から、今の北名古屋市の会社に転勤の日でした。いきなりドカーンと地震がやってきました。その時はちょうど単身赴任をしていて、工場の前に有る4階建てのアパートの2階で寝起きしていました。東北で地震には慣れていますが、これは大きいなーと思いましたが、身の回りでは何もないのでそのまま寝ていました。もうここの工場には私の席は無いので、慌てて出ていく必要がありません。
そうしているうちにドアをドンドンと叩く音がし「中西さん無事ですか?」の声。仕方なく外に出てみました。みんな広場に集まっていますから、出て来てくださいと言う。仕方なく出て行って見た外の風景は、私が想像していたものとは全然違っていました。工場に席はなくなっているとは言え、まだ早朝の事で指揮をする人は居ない、と思い担当していた部署に駆け付けました。ひどくやられてはいましたが、幸いけが人はいませんでした。
これがその日の始まりでした。
先にも書いた通り、すでに私はこの工場の人間ではありませんから、指示命令は出来ません。でも、こんな状態では転勤するための荷物を運ぶトラックも来ないし、自分自身もここから出ることさえ出来ませんでした。今夜から寝る所、食事の確保が出来ないのです。工場長やその次席も出勤してくることさえ出来ない有様です。
残っている人達も、私がすでにこの工場の人間でないのを知っていますから、命令して動かすことをはばかっているようでした。それで、転勤先の上司になんとか連絡を取り、状況を知らせた結果「一週間ほどそのまま残って、復旧の手伝いをする。」ことになりました。私の担当していた職場で生産したものを、転勤先に供給していましたから、早く復旧させて原材料を届ける必要があったのです。
これで、今夜からの私の寝泊りするところも食糧も確保出来ました。此の工場の人たちも、私を使う事が出来るようになりました。しかし課長職をやっていましたから、それまでそれなりの権限もあり、経験も積んでいます。こんな奴がいては新しい課長が困るだろうと思って、次のことを申し出ました。「皆さんはとにかく復旧に取り組んでください。私はこれから、打ち合わせには出ます。但し現在夜には誰もいなくなりますから、私が一週間夜勤をやります。夜の間にやることを支持してください」と・・・。

こんなことを思い出しました。

6日前の話ですが

前にも書いた通り、1/11,12に福島県の浪江、双葉町内の国道6号線を走りました。事故以来通行止めになっていたのが昨年9月15日に解除に成りました。
「福島県の沿岸部を走る国道6号線のうち、浪江町と富岡町の間のおよそ14キロの区間は、3年半前の原発事故の影響で立ち入りが制限された帰還困難区域を通るため、許可を受けた車以外は通行できませんでした。
この区間の除染や復旧作業が終わったことから、15日午前0時に通行止めは解除され、全線で一般の車の通行が可能になりました。」
そして12月には浪江~富岡間を残して常磐道が開通しました。つまりこれで海岸通りを走って福島県を通りすぎることが出来るようになったわけです。また3月には、常磐道の残る区間も開通して一本につながります。
常磐道がつながったら、又帰還困難区域の浪江~富岡間の6号線が走れなくなるかもしれません。そう成ると帰還困難区域を走れるのは今の間かもしれません。そう思ってここはどんなになっているのか見てみたいと思い走ってみることにしました。
震災の直後から名取市、岩沼市、亘理町、山元町、新地町、相馬市松川浦間の被害の様子、半年ごとにその復旧の様子を見てきました。それと比較をしてみたいと思ったからです。結果的には、車外に出ることも駐停車することもできませんので通りすがら、ちらっと見ることが出来た程度で終わってしまいました。
当然のことながら、私が今まで見て来た津波直後の被害と違って、建物は全く被害らしきものを受けていません。民家の屋根瓦がやられてビニールシートが被せられている程度です。道路を車が沢山走っています。道すがら工事をしている人、警備をしている人も結構見かけます。
なのに、人の気配と言うものがまったく感じられないのです。周りが正常なだけにものすごく異様な・不気味な雰囲気なのです。こんなのをゴーストタウンと言うのでしょうか。当事者にとっては「無念」でしょう。私達には、言葉がありませんでした。
6号線は全部青信号でした。但しここは常磐道への入り口になるので信号が生きていました。

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民家に通じる入り口にはバリケードで閉鎖されていました。


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国道からわかれた支線への入り口もこんなになっていました。

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国道わきの山の斜面です。ぼけていますが、落ち葉などが除去されていました。


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放射能除去で出てきた除染廃棄物でしょう。野積みになっています。

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中間貯蔵の受け入れも決まったみたいです。岩沼などの復旧ぶりを見て居ると、少しでも早く帰還できるようになればと、しみじみ思いま下。

1日遅れですが・・

これは昨日の竹駒神社のどんと際の様子をうつしたものです。
天気も穏やかで温かいから、今年は久しぶりにどんと際に行って様子を見てみようと思っていたのですが、一寸別の事をしていて、時間に間に会いませんでした。神社に着いた時にはもう神事が始まっていました。
準備をする暇も無く慌てて撮ったものです。

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こんなにしてみると何だかごみの焼却場の神事みたいに見えてきます。

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点火するためのたいまつが準備されます。

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松明に火が遷されます。

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正月飾りに火がつけられます。

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夜を徹して燃やされ、お正月に別れを告げます。

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これでよいのですが・・・。4枚目の写真で、松明に点火していますが、この火はどのようにして造ったのでしょうか?随分昔に成りますが、以前見た時には点火するための火は、古式に則り木をすり合わせて造っていたように思います。舞錐式と言うこんなやつです。

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時間に遅れたからそのシーンが見られなかったのでしょうか?

仙石東北ラインの列車

定例の散歩道で、東北本線の岩沼市内に有る若居座踏み切路を通った。見ると撮り鉄が二人、カメラは4台くらい据え付けて列車が来るのを待っていた。それほど興味もないので、そのまま通り過ぎたのですが、暫くするとかの踏切の警報が鳴りだした。まだ踏切からはそれほど遠くなっていないので、立ち止まってどんな列車が来るのか待ってみました。
やってきた列車を見て「アレッ」となりました。東北本線を走る貨物列車の牽引機関車「ECO-POWER金太郎」が、客車それも一寸派手なやつを引っ張って走って来るではありませんか。これはっと、慌ててカメラを取り出して写しました。


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何だろうと思って調べてみました。
これは「仙石東北ライン」を走る、車両だと言う事です。調べてみたところ

東北本線の塩釜駅~松島駅間、および仙石線の松島海岸駅~高城町駅間は線路が並行しているが、乗換駅は存在していない(東北本線は日本鉄道が、仙石線は宮城電気鉄道が建設したため)。この並行区間に連絡線を整備して直通運転できるようにしようと言う計画である。


この計画はもともとは構想程度のものでしかなかったのだが、2011年に東日本大震災が発生し、仙石線の一部区間が壊滅状態となると連絡線の整備が検討されるようになる。その後、JR東日本が復興支援として仙石線の復旧(2015年度)と同時に東北本線と仙石線の直通運転を行うための連絡線を整備する計画を発表した。
2013年に国土交通省から事業認可を受け、2014年には愛称を「仙石東北ライン」とすることを発表し、2015年6月までに開業させることになった。
・・・とあります。こんな感じになります。

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こうも書いてあります。
導入される列車は
「HB-E210系(ハイブリッド気動車、2両編成8本)

東北本線は交流電化、仙石線は直流電化と電化方式が異なる。このため、気動車か交直流電車を導入する必要があるが、交直流電車はコストが嵩むため、気動車が導入されることになった。」そうです。そう言えば3枚目の写真のボディーには「HYBRID」と書いてあります。、金太郎はこの車両を運んでいたわけです。このような輸送を「甲種輸送」と言うそうです。つまり、金太郎はこの車両を運んでいたのです。

アンコウ鍋

連休だから北茨城の方に「アンコウ鍋」でも食べに行こうとなりました。夫婦共にまだ「アンコウ鍋」を食べたことがありません。行き先は茨城県北茨城市の磯原温泉・・・と言ってもすぐどこからわからないと思います。それほど有名な温泉ではありません。ただ海の近くだけは確かで、道路1本隔てて波打ち際になっています。ですから、4年前の震災では相当やられた模様です。1年後の5月に小名浜に行っていますから、大体の様子は想像できます。それでも2年後に再開しているのですから東北と比べると、まあよかった方なのでしょう。
二つ島観光ホテルに泊まりました。次はここからの風景です。名前の由来の「二つ島」ですが、」一つになってしまっています。食堂から見た夜景です。

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部屋から見た日の出です。


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さて問題の「アンコウ鍋」ですが、味噌煮込みで案外淡白な味で中々の物です。どうも年を取るとかつての様に食べられなくて、沢山余らせてしまったのが後になると残念で仕方ありません。無理しても食べておくべきでした。その時はもうたくさんだったのですが・・・。でも最後に頂いただし汁で作った「雑炊」は逸品です。
料理はこれでもかこれでもかというくらい出てきます。揚げ物までは挑戦したのですが、地魚の煮付けにはさすがに箸を付ける気がしませんでした。食べられないと残念がっていたら、給仕のお姉さんが「宜しかったら、こちらでお預かりして冷蔵保存しておきます。出発の時に保冷パックに入れますのでそのままお持ち帰りいただけますよ。」との提案。これはありがたいとそのようにお願いしました。翌日の事、すっかり忘れていたら向こうから言ってくれました。その上おにぎりまでついていました。
あれだけたくさん付いてくると、相当な大食漢でないと食べきれないと思われます。そんなところから、こんなサービスが出てきたのでしょうね。

柱の腐食

ささやかながらも我が家にも玄関先にポーチと呼べそうなものがります。 そこにほとんど耐久性には影響のない飾り柱が取り付けられています。もともとはニス塗りだったのですが、太陽光にやられるので、ペンキを塗っています。その柱ですが、先の年末の大掃除の時に、柱の根元を見たらメジが割れてタイル張りのポーチと柱の間に隙間が出来ていました。なにげなくその隙間をのぞいてみたら・・・・!!内部に入っている柱が腐食している!試に、ドライバーを突っ込んで柱を突き刺してみると表面がボロボロと剥がれてれて来る。ここで、シロアリなんかを見て居ないからどうやら、隙間からしみこんだ水で腐食したようです。なんか柱の周りにも空間が出来ているようです。部分的に、地面が陥没しているようです。これは大変だと、何時も家のメンテを頼んでいる建築屋さんを呼びました。点検の結果、柱の腐食もそれほど進んでいないし、荷重のかかる所でもないので、柱を取り換える必要はない、隙間からモルタルを流し込んで隙間を埋め込みましょうと言う事に成りました。どんな後方を取るのかわかりませんが、暖かくなるまで待ってやりましょうと言う事に成りました。35年もたつと色々出てきますね。
まあもう少し持たせねばなりませんからね。

散歩中止

物凄く冷たい風がすごく強いので今日の散歩は中止にしました。昨日山に登った時に相当しんどい思いをしました。少し疲労がたまってきているようです。この天気です、疲労回復の意味で休むことにしました。

時間が有るので、昨日あたりより、昨年毎日毎日撮り貯めていた写真の整理を始めています。日々は少ない枚数ですが、365日分溜まると相当な枚数に成ります。少しづつ取捨選択をして整理中です。整理が終わったらDVDにでも保存することにします。昨年の1月にはこんな写真がありました。空港でバードストライクを防止するために、鳥に向かって威銃を発射している所です。
オーロラ鑑賞ツアーに行くにあたって、犬ぞりに乗るからその時に動画を撮るための練習に出かけていたようです。被写体は、飛行機です。


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パンクの事

昨日の自転車のトラブルについて、早速今日自転車屋さんに持ち込みました。若いお兄さんが見てくれたのですが・・・・。パンクはしていません。どうやらムシゴムに亀裂が入っていたのでそれが原因ではないかと。それと私が気になったのは、自転車を持って行くために、歩いていくの大変なので、エアーの減ったタイヤに空気を入れて、なくなる前に自転車屋さんに着いてやろうと思って、空気を入れました。ポンプを外した途端にエアーが抜けてしまいました。オヤッとおもってムシゴムを固定するナットを点検したら緩んでいました。これをしめなおして再度エアーを入れてみたら今度は漏れませんでした。ひょっとすると、これが原因だったのかもしれませんねー。
バラして点検して、ムシゴムを前後2ヶ所交換して・・・970円でした。

午後の散歩。今日はやたらと暖かく、山登りは汗が出ます。往復とも手袋なしで手が冷たくなりませんでした。10.5度あったようです。暖かいはずです。明日からは。そうはいかないみたいです。

又々です

良いお天気で気温も高い日でした。久し振りの布団干しを終えて、津波で被災した海岸方面の小さな神社に初詣に出かけました。このところ毎年やっています。その都度、神社が充実したものになっていくのが楽しみです。自分たちの復旧より早く、神社の復旧を遣るんですね。人間と信仰の関係の深さが良くわかります。
周る距離が長いので、何時もママチャリで出かけるのですが・・・・。途中でどうも重くなってきましたし、小さな石を踏んでもショックが大きくなりました。もしや・・・と思って見てみると後輪の空気が抜けています。出がけにはちゃんと入れてきたのです。まあパンクですね。昨年の初詣に引き続いて2回目です。それも2回ともに一番遠くに来てからです。なんとかタイヤ内に残っているエアーだけを頼りに、早股までたどり着き、通りかかった中学生に聞いて自転車屋を探したのですが、残念!今日は休みでした。おまけに今日は、お金が要らないからと財布を持って来ていません。ポケットの中には2000円少ししか入っていません。仕方がないので、二野倉まで又自転車をゆっくり漕いで二野倉新明社と長谷釜新明社をお参りしている間に、迎えに来てもらおうとSOSの電話をしました。帰りに岩沼市内の自転車屋に行こうと町中に入ると、今日でもまだ神社前は渋滞をしていました。まあ裏道を通って自転車屋に行ったのですが、ここも今日は休みでした。
実はこの自転車は買ってから相当の年月が経っています。昨年は前輪がパンクしたのですが、その時の状態は、チューブを製造するときに繋ぎ合わせた部分が老化して外れかけていました。今回の後輪も多分同じ現象だと思います。パンクのような急激なエアーの低下がありませんでしたから・・・・。
何にしてもエアーの減った自転車を漕ぐのは重労働です。良いトレーニングに成りました。

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来期の町内会の役員選び

町内会の役員は、町内に有る49の班を12のグループに分けそのグループから「理事」なる者を選び、その理事の互選で会長以下12の役職を決めています。、問題はその理事の選出です。各グループは、5~6の班から成り立っています。理事の選出方法は各グループに任されていますが、大体A班→B班→C班の様に順番に送っているようです。過去の事績からそのようになっているのがわかりました。ですから「今回はあなたの班から理事を選出してください。」と指図書を出せばいいわけですから、そこまでは簡単なのです。ところが問題になるのは、指名された班から「誰を理事に選ぶか?」なのです。今回私のグループの担当班で随分ともめたようです。先ず班長が「私が決めるのですか?」と聞いて来る。「あなたが決められるのならあなたが決めてもいいですが、出来ないでしょう。だったら班員が集まって、やってくれる人を選ばねばなりませんね」と話さないと話が進まないのです。今回順番に当たった班は全くまとまりがないみたいです。担当の班長が、集まりましょうと言っても集まろうとしない、個別に回ってみてもやってくれる人がいない、班員は全部やりたくないと言っていると泣き言を持ち込んでくる。「だったら皆さんに聞いてきてください、今までもあなたの班から理事さんが出ていますね。その人にはお世話になっておきながら、俺は知らないというのですか?と。そこから話が始まりますね・・・と。そのためにも皆さんに集まってもらう必要があるのです。一対一で話をしても絶対まとまりません。多くの人がお願いしますとたのんで初めて決まるのです。班長さんはご苦労ですが、ぜひ決めてもらわねばなりません。あなたの班をパスしますと言ったら、町内すべてが決まらなくなるのです・・・。」一寸酷だと思ったのですが突っぱねました。こんな班が多いのです。何か言ったら自分が標的になると思っているのです。その結果どうなるかというと、決められなかった班長自身が理事になっているのです。まあそれも一つの手法でしょう。でも今回は、私なりに落ち着くところは予想できていました。結果は予想道理の方が理事になってくれました。外から見ていても予想できるのに当事者はわからないのですかねー。

初詣3日目

今日の初詣は千貫山の北の方、金蛇水神社、氷室の道に有る深山の石祠、竜神の石祠、最後に大日堂。
午後立って一寸遅くなりそうなので、西中学校の所まで車で送ってらいました。
金蛇水神社の参拝客はまだまだ多いです。車が渋滞していました。

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今日感動したのは、深山の石祠

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竜神の石祠です。

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此の二つの石祠のお供えの事です。よく見てもらうとわかるのですが、
白く見えるのは賽銭で、1円5円10円があります。カップが見えますが、神様ですから酒です。こんなところに酒とは驚きましたが、さらに驚いたのがアルミホイールに包まれたお供えです。なんだろうとのぞいてみたら、赤飯でした。山麓の人がここまで持ってきて供えてくれたのですね。動物たちに食べられていないから、今日供えられたものでしょう。これを見たときは、何だか凄く嬉しくなり、しばし子供の頃の正月の様子を思い出していました。自分たちの分さえそれほどない時代だったのですが、神棚はもちろん、釜戸や井戸や便所迄、普段お世話になっている所にはお供えをしました。当然石祠などもです。そう言えば山神様のお祭りもあり、子供たちがよりう集まってごちそうを食べたものです。
そんな素朴で良き時代を少し思い出し懐かしくなりました。

トレーニング開始

今日のトレーニングは、千貫山南部にある神社の初詣をすることにしました。
先ずは千貫神社です。昔はここから千貫山に登れたのですが、今歯はゴルフの練習場が出来て登れなくなりました

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続いて南下して、山神神社社務所へ。ここはかつて鬼石山来光院延命寺があった所です。

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本体の、山神神社は更に1kmほど南に有ります。中々立派な神社で、手入れも行き届いています。

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右裏手から柴田町が設定している深山ハイキング道が伸びておりこれをたどると、滝沢不動尊に至ります。このお不動さんは坂上田村麻呂によって建立され、なんでも成田山新勝寺の不動さんより133年も古いのだそうです。

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ここからまずは鹿野林道へ登り、そこからさらに千貫山の頂上に向けて登ります、。結構な急登に成ります。
そこから年末にお参りした水神さんの祠に詣でました。
暮れにお供えしたミカンが無くなっていました。水神さんがお召しになったのでしょう。今日は賽銭を上げてお参りしました。これで言家に踊ると歩行3時間のコースに成りました。
プロフィール

nakatake

Author:nakatake
他愛の無い話です。お暇がありましたら・・・。

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