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黄河源流を訪ねる旅

実は昨日から色々ありました。まず町内の某製紙会社より夏祭り協賛として、ご祝儀とボックスティッシュを600箱を頂いたのでその受け取りがありました。さらにその社も8/6に夏祭りを遣るので来てくださいとビール飲み放題の券を頂きました。義理からも行かねばなりません。午後からは歯医者で右下に入れ歯を入れました。これで左上と、右下に入れ歯が入ったことになります。
夜は、夏祭りに渡す景品の袋詰めをしました。子供用の花火セットを300コ、大人用のボックスティッシュにお茶の詰め合わせ150コ、当日受け付けるご祝儀へのお返しを50コを作りました。後、夏祭りの屋台の飾り付けの小物の整理と確認をしました。さらに某ゴム会社からのご祝儀とジュース類が来る予定です。これの仕分けも必要です。
今日は今日で、先の景品の引換券の作成です。毎年二重に持っていく人や、それだけを目当てで祭りには参加をしない人まで持っていったりで足りなくなることがあったようです。それを防ぐために、昨年より引換券を作って渡しています。役員の中で、パソコンを使てこんなものを作れるのは私一人なので、私の担当になってしまいます。まあ何とか完成をさせました。後は天気になることを祈るだけです。

今日は散歩に出かけたら、思いがけなくカブトムシを見つけました。クワガタはよく見ていますが、もカブトは60年くらい自然の中では見かけていません。ちょうど、おじいさんとお母さんにつれられた虫取り少年たちを見かけたので、一番年長の少年、2年生位かな?に採集させてやりました。虫かごの中には、カミキリムシがすでに入っていましたが、こんな大型のものは始めてみたいで、上手くつかむことが出来ないみたいでした。

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クヌギ林を歩いていたらコゲラが見つかりました。

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最後に、黄河源流を訪ねる旅:今日はこの花のみで・・・。
インカルビレア・コンパクタという名前の花です。こちらで今、盛んに咲いているノウゼンカズラの仲間です。但しこちらは草で背丈は20cm位です。花は大きくて8~10cm近くあり綺麗なな花です。

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赤いポピー

マチンまでの道中でのメインはこの「赤いポピー」でしょう。今までにブルーもイエローのポピーも見たことがありますが、赤いのは今回まで見たことがなかったのです。それだけに期待をしていたのです。
ガイドさんが「あった!」と叫んでバスを止めてくれた時には、やれやれと安堵をしました。最初に見つけたものは小さな川を隔てた向かい側に8株が咲いていました。ちょっと遠かったですが、望遠でなんとか引き寄せられました。そのが暫く進むと、今度は道路側に斜面で見つかり、全員でその斜面を登って探しました。

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予想外で見つけることが出来たのがこの花「メコノプシス・クインツブネルビア」、ブルーポピーの仲間です。


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そのほかここでは、日本で見かける「クロユリ」に似たユリの仲間も見つけることが出来ました。

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渋滞

4000m超の峠を越えて、黄河と出会う町ラジャに向かいます。ラジャの町には大きなごんパがあり賑やかな町でした。ここでピクニックランチの予定だったので死が、適当な草原がなく、血胸道路わきの駐車場で食べることになりました。ども子にすぐそばの山の斜面にはアヤメをはじめきれいな花々が咲いていて儲けものでした。
黄河の流れ・・・黄色く濁っていました。遠くにラジャゴンパが見えます。

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草沈丁花という花です。羊もヤクも食べないのか草原に沢山咲いています。

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もんだいはこの町への道中です。これが4000mを超える峠です。実になだらかな峠声です。

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坂道を一気に下りきる…とはいきません。

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ヒツジは図々しいですが役は体の割に臆病で、慌てふためいています。
次は今度の旅行でただ一度だけ樹木の茂る山を見ました。チベット高原で樹木を見ることは珍しいです。
これでは火葬が出来ないはずだと思いました。

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黄河源流を訪ねる旅:花

塩釜の大群落を見たのち、どんどんと南下してマチンに向かいます。と通の町ラジャへいく途中二つの峠3961mと4037を越えます。その道中途中停車を芝がら花を探しました。イエローポピーが綺麗に咲いていました。

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2回の停車でこれだけの花が見つかりました。

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黄河源流を訪ねる旅 7/5

今日は同徳からマチンへ向かう日です。いよいよアムネマチン山脈のしそのを走り、花々をめぐる旅が始まります。同徳を出て早速目に飛び込んできたのがこの風景。一体なんだろうと・・・・。


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まさか栽培されているわけはないでしょうが・・・。正体はこの花「ペデクラリス・カンシエンシス」シオガマギクの仲間でした。

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このお草原にはコンナ花々も咲いていました。

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興海より同徳へ

いよいよ第一回目の黄河との出会いの時です。興海より40分ほどでその出会いが来ました。

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驚いたのが意外と小さな流れであることと、水が澄んでいることでした。これは私だけでなくみんなそう思ったようです。現地ガイドが「小さいけど間違いなく黄河です」と言ってくれました。
黄河と言えば「茶色く濁った水」なんですが・・・。この疑問には同行の物知りバアチャンが答えてくれました。黄河の泥の成分は世界一大きいのだそうです。だからダムがあるとそこで沈殿してしまいその下流では水が澄んでいるのだそうです。黄河には小さなダムが沢山あり、小規模な発電がおこなわれているのだそうです。すぐこんな標識が出てきました。納得です。


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此のあたりが今回の旅でただ1っ箇所の、荒涼たる風景・渓谷と呼べそうなの所でした。

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さらに進むこと2時間余り、こんな風景が出て来て今夜の宿泊地「同徳」に到着しました。

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同徳はそこそこ大きな町でした。

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招待所に入って真っ先に驚いたのがこれ・・・・。禁煙だけではないのですねー。

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高台の宿だったので、町の探検が出来ませんでした。

興海と言う町

本来は一つ前の町で昼食を摂る予定でしたが、計画夜早く到着したのでさらに先にすすんで、興海という町で昼食と言う事になりました。昼食の準備ができるまで自由時間、暫くこの町を見てみることにしました。今回の旅は結構スケジュールがハードで、町をゆっくり見ることが出来たのはここだけでした。後は夕方遅くついたりで、町を見るゆとりがありませんでした。
以下町の様子です。


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肉屋さんですが、スライスした肉なんか見かけませんでsぢ多。

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ウイグルの方で見かけたのとそっくり。

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靴の修理やさんです。これも私が訪ねて事のある中国では良く見かけます。

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こちらに来てから「冬虫夏草」の看板を良く見かけました。ところでここでは路上で量り売りをしていました。このあたりでは採集シーズンになると学校も休みになるそうです。


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野良ブタ。露店の店から出た野菜くずや食べ物くずをあさっていました。合理的な運用ですなー。

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一山越えて

青海湖より眼前の山(と言っても3500mはある)を超えて南進します。山の上から青海湖が見渡せると期待していたのですが、ちょっと靄がかかっていたのと広すぎることで期待していたようには見えませんでした。何しろ端は見えません。

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3500mを超える山と言ってもヒツジやヤクが草を食むなだらかな高原のような山容です。

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こんな山を越えてに南側の谷にはこんなのどかな風景が広がっていました。

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でもそれを超えてさらに南進していくとこんな乾燥した荒漠たる草原が広がってきました。

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共和という町で途中で食べるおやつのフルーツを買い

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さらに南進し、カカと言う町に来ました。実は昨年はこの町の郊外が菜の花が綺麗に咲くところだったそうです。その菜の花を見るのと、今迄も路傍でハチミツ屋が店を出していたのですが、観光地の近くでは値段も高いし、混ぜ物をされているかもしれないと言う事でここまでやってきたのです。ところがどうでしょう、こんな有様でした。

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菜の花なんかさっぱり咲いていません。ムギ畑に変身していました。勿論ハチミツ屋もいませんでした。ハチミツは帰りまでお預けになってしまいました。

黄河源流を訪ねる旅

ルートマップ
いよいよ源流部にむけての走行が始まりますので、ここでルートを表示しておきます。

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赤の行は矢印のようにたどります。帰路は青い矢印のルートで下ります。
興回~同徳館、マチン~花石峡、マトウ~オリン湖間はダート、後は不完全ながら舗装道路?です。帰ってから4日間ほどは腰が痛くてたまりませんでした。

青海湖

日月山峠より下っていく途中にこんな建物がありました。使われている様子がありません。あれはなんですかと現地ガイドに尋ねると「政府が遊牧民にために建てた家です。でも遊牧民が嫌って入らないのです」と返事が返ってきました。ちなみの此の国では個人の建物でも土地は国から貸し与えられているのだそうです。

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次は初めて目に入った青海湖です。ひろいですねー。

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今度の旅の目的「花を訪ねる」の一つが青海湖畔の菜の花畑でした。菜の花はここの観光の目玉の一つの様で、一面ではなくまだ咲いていないところもあり、季節をずらして鑑賞期間を長くなるように栽培しているようでした。でもまあものすごいものです。

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この日は湖畔標高3250mで宿泊しました。ホテル…実際には招待所・・要は公園のようになっていてそこに入るには入場料金を払わねばなりません。その公園はザットこんなものでした。

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遊覧船、ヘリ、気球による観光ができるようです。夕食までの時間を利用して、湖畔のしつげんで花を探しました。その時、魚雷が展示されていたので「なんで?」と思っていたら、こんなのが出てきました。

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ヘー、こんなところで魚雷の実験をやっているんですね。
湖はとにかく広いです。この向こうの山は祁連山脈の一部で、そのはるか向こうは河西回廊なんですねー。
山の麓は河西回廊が政変で」不安定になった時にはこちらを通って西域にわたっていったのでしょう。法顕もそうでした。

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此の旅は雨季でしたが、まあ総じて天候には恵まれ、傘を少し差した程度で、雨具(レインコート)の世話にはなりませんでした。今日もいい天気でした。これは青海湖の沈む夕日です。

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夕空には上弦の月が出ていました。

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夕食後外が賑やかだったので外に出てみると特設会場で民族舞踊をやっていました。これも入場料の一部なのでしょうか。

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黄河源流を訪ねる旅

先ずは「Nakanishiのホームページ」のビジターが20000件を超えました。記念すべき日となりました。
作成当初はカウンターを設置していなかったので、おそらくは25000件を超えたことでしょう。たくさんの方に見ていただいてありがたいことですね。

続いて、ツアーの続きです。
1日目の午後は、西寧から青海湖に向けて、いよいよ源流とその地域の花を求めて出発です。道中の目玉は、唐の皇女文成公主が吐蕃へ降嫁するときに超えたという唐蕃古道にある日月山峠です。
青海省にはたくさんの回族が済んでいます。峠への道中からもモスクが見えました。

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丁度このあたりは菜の花の盛りでした。養蜂もたくさん行われていました。

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日月山峠です。完全に観光地となっていました。これでも3510mもあるんです。

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ヤクもこんな姿で頑張っていました。

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ナキウサギが沢山いました。一生懸命に写真におさめようと・・・・。

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改めてこれから進む方向を見ると、広大な草原が広がっていました。いよいよこれからだなーと感無量になった一瞬です。

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タール寺

西寧の南東30km位の所にあるタール寺、チベット仏教最大の派ゲルク派の六大寺院の一つだそうです。それなりに期待をしていったのですが、まったくの商業主義に陥っていて入場する前にまったく興味が失せてしまいました。僧は、携帯電話を掛けながら、お参り客のたくさんいる中をバイクではしりまわっているし、この日がタンカを開帳するお祭りの人言う事もあったのでしょうが、何一つゆっくり見ることが出来ず・・・・ますます嫌気がさしてしまいました。同行の人が京都のお寺みたいだねーと笑っていました。勿論外部だけで内部の写真は全く撮ることが出来ませんでした。それでも外部を少しだけ撮ってきました。

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午後から仮面劇が演じられるからと、大勢の人が待っていました。

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お賽銭の上げ方。バターで貼りつけているのだそうです。大きなお金しかない時には、この中から悪吊をもらってきます。別のお寺で私も悪吊をもらってき他事があります。

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五体投地をする人。奥に見えるボウズは寝そべりながら本を読んでいる。

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お堂の周りをコルラする老婆

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バター細工 旧正月に作ったものだそうです。ここには国指定の伝承人が二人、省指定の人が3人いるそうです。これだけは凄いと思いました。

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多分一緒に写真に納まってくれるモデルを生業としている人たちでしょう。こんな派手な民族衣装は他では見かけませんでした。

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これはおまけ。サツマイモとジャガイモです。

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そうそうこんな売り子さんが沢山いました。

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西寧の朝

通常は朝寝坊な私ですが、旅に出ると優等生で早起きになりまし。勿論時差の関係、日本と同じに起きればべらぼうに早起きになります。早起きをしたら、まずはホテルの周りの裏通りの探検をします。表通りでは見られないものが沢山見られます。その一番は朝市でしょう。
特に食に関するもの、野菜や果物肉など、その土地の人々の食生活の様子がわかり興味が尽きません。

雲南などから届くのでしょうか。回族の人も結構来ています。

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西の方でよく見かけたナンです。

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三つ編み、いや多重網されたニンニク。葉っぱは、運搬の邪魔だろうに、なんでつけてあるのかなー。

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朝市でなんでこんなものが・・・。

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そうそう、表通りではこんな看板を沢山見かけました。さすが採集シーズンには学校まで休みになるという本場ですね。


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ここで、長い間食べてみたいと思っていた「ペチャンコにつぶれたような桃」を買って食べました。味は・・・、まあ桃の味ですね。

菜の花のハチミツ

帰路、協和と言うところから西寧へ戻る途中でこんな看板がありました。

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これはみんなの望みの物でしたから、早速停車をして買うことにしました。でも一度に1kg入りの瓶を13も14本もですから準備品がありません。大童で準備です。

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1瓶100元という。たくさん買うのだから少し安くしなさいよと言う事で90元になりました。勿論買う前には試食をしました。
どこまで純粋な菜の花の蜜かは不明ですが、あたりには菜の花がいっぱい咲いていました。ミツバチも近くに菜の花があるのだから、わざわざ遠くまでいかないでしょうね。
雨模様のバスの中からですから・・・・。

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無事漏れずに持ち帰る(預け荷物)ことができるか心配だったのですが、無事だったようです。よく見たら、ほんの少し、巣のかけらが有ったので濾過をして詰め替えをしました。なかなか美味しいですよ。

今回の旅

今回の旅は、黄河源流地域・アムネマチン山麓地域に花、特にブルーポピーを見に行くのが主目的でした。黄河源流が主目的ではなかったのです。
バスでその地域の道路を走りながら、車窓から花が綺麗なところが有ったらそこで停車をして、ほんのチョコット道端の斜面を登って花をさがす・・・そんな旅でした。
赤いポピー、黄色いポピー、そしてブルーのポピーはどこにでもあるわけではなく、標高などある一定の条件の所に咲きます。必ず毎年同じところに咲きます。ツアーの添乗員も現地のガイドさんもその場所はよく知っています。だから時期さえ合えば簡単にみられるのです。でも路傍だけを探して走っているわけです、道路工事でその場所が崩されてしまえばそれでおしまいです。そんな危ういところもたくさんありました。
でも現地の人たちにすれば、路傍に咲くごくごく普通の野の花です。なんでこんなものに大騒ぎをして見に来るのか不思議なことでしょうね。
全然歩くことはないのですが、花の咲いている所をめぐっているわけで、結構長距離を走らなければなりません。ある時などは朝7:00出発、ホテル到着が20:30と言う強硬スケジュールもありました。
疲れはしなかったですが、バスに座ってばかり、おまけに悪路ですから、結構腰には応えました。

あるところで・・・。添乗員さんが「お坊さんたちが「記念写真を撮ってくれと言ってきた」と・・・。それはいいのですが記念写真を撮っても、あなたたちの手元には届かないはずですが・・・。
その様子をちょっと。


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黄河源流の旅

今回のツアー参加者は、女性が8人・男性3人の計11名でした。この種のツアーは最近女性が多くなりました。また女性は強くなりました。今回良く動き良く食べていたのは女性陣で男性は1名がダウンし1名がさえない状態でした。
強い女性陣の中でも一段と冴えわたっていたのが、大阪から参加していた「傘寿のお祝いをしてもらって出てきた」と言うオバアチャン・・・80歳ですねー。
バスでは一番後ろの席を占め(いつもなら私が座るのですが)右に左に移りながら、車中からジャンジャン写真を撮っていました。デジカメもスマフォもジャンジャン使っていました。食事中も、何か不足しているものがあればキッチンに出向いて取り寄せてきます。高度の低いところに降りたら、早速ビールで乾杯です。さすがに、花を探しての斜面の登り降りはやや控えていましたが・・・。
「化け物ですね」と添乗員さんに話したら笑いながら「お顔がかわいいから好きです」と言っていました。
所で、このオバアチャンが物凄く物知りなんです。旅の後半になると「ちょっとくどいところがあるけれど、あの人に聞いてみよう」となる始末です。
「黄河の水の中の泥の大きさは世界一大きいのです。だから、途中にダムや貯水池があるとそこで沈殿してしまうからその下流では澄んでいるのです。黄河には小さな発電ダムが沢山あるんです」・・・これもオバアチャンの話なんです。一体何者だろうと言うのが、みんなの疑問だったようです。直接聞くのは、こんな旅では遠慮をしなければなりません。それとなく推定するのがルールです。
それで私の推測なんですが・・・・。専門はどうやら地質学みたいで、過去何回も中国に調査に来ている。大学の先生だったが、途中から大阪の民族博物館の研究員となった。梅棹忠男(初代館長)なんて言う名前がポンポン出て来る。80歳でも現役。年金は給与分だけ節約して貢献していると言っていたから。今回の旅行は、かつて訪れたところが、どのようにかわっとぃるか見て来い・・・位の所で、出張扱い。そんな所だと推測しました。

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此のオバアサンがこんな話をしました。私たちが今つかている「西遊旅行社」はかつて「日本交通公社 JTB」から独立した会社なのです。その頃、東大に張り合って京都大学が色々と海外に出て、研究をを進めていましたその人たちを案内するために出来たのですと・・・。
人文科学研究ですね。今西錦司、桑原武夫、梅棹忠夫、川喜多二郎等々が居ました。そういえばこの会社は中国・西域・ブータン、ネパール、インド、パキスタンなどが強いですね。
もう一つ私が使う旅行社にユーラシア旅行があります。これについてはこういっていました。
ユーラシアにはバックに金持ちが居るんです。日本は、国策として資源を海外に求めなければなりません。これらを求めて、世界へ出て行かねばなりません。たとえば三井金属みたいに。その人たちを案内するために出来た旅行社なのです。だから、バックには大金持ちがついているんです・・・と。なるほどねー。
添乗員さんが言っていました。この9月には「民族科学博物館の方を内モンゴルに案内するのです」と。

黄河の源流

黄河の源流とそのあたりに花を求める旅から今日帰ってきました。出発前に風邪をひいてしまい、そのために3500mの青海湖あたりで、血中酸素濃度が低くなり、つまり高山病の傾向になり頭痛が始まりました。
症状は軽いもので、3日ほど風邪薬を飲むことで抑えることが出来ました。その間も、体長…つまり旅をすること歩くことには影響が出ませんでした。最j高所の宿泊地4200mに達する辺りでは絶好調、でも血中酸素濃度はやや低めでした。もともとの体調が悪いと低くなるようです。まあ多少弱く7なっているのもあるでしょうが、何しろ年ですからねー。
天気は、雨季のこの時期ですから雲が多くて曇天気味ではありましたが、まず最高だったと言えるでしょうね。6000m峯のアムねマチンも見ることが出来ました。現地ガイドも、日本からのガイドもこの時期に山頂が見えたのは初めてだと言っていました。
勿論」この時期ですから、標高の高いところでは雪や雹にも見舞われたし、雷のもあったし、虹も見る事が出来ました。バラエティーにとんだ天候、でもこれが全部車で移動中にありました。草原でピクニックランチを摂ることも出来ました。
高所から降りる最終日は夜半から猛烈な雨が降りましたが、最後の峠でブルーポピーを探すときには雨も止んでくれました。ツユを含んだポピーが見られました。それと、日本には台風が来ていたんですね。どうなることかと心配していたのですが、これもまったく関係なく家に帰りつくことが出来ました。とことんついていたようです。

未だ画像の整理が進んでrいません。明日から画像つきにします。

休養日

明日から、黄河源流を訪ねるツアーに出かけます。
今日まで、訓練と称して結構ハードな7ウオーキングをしてきましたが、ここに来てその疲労が出てきたようで、両足にややむくみが来ています。足首関節に疲労がたまるとこうなります。よって今日は、ウオーキングを休むことにしました。今現在はほぼ正常にもどっています。ツアーではあまり歩くことがないので、だいじょうぶですが・・。
先日友人から、A3で厚さ約1,5mmの厚紙にロゴマークの印刷を頼まれていました。今までこんな厚いのに印刷をした経験はありません。でもまあ何とか完成しましたので、今日作品を届けました。そうしたらなんと、お礼に手作りの」マドレーヌを10lコも頂きました。ちょっと過分のお礼です。その代り。絹目調の写真用紙とマット紙に印刷したものも参考に届けておきました。
先般来色々挑戦しているのですが、今持っている携帯電話から画像つきツイッターのアップロードがなかなか上手くいきません。「送信しました。」と最後に出るのですが、現実にはアップされていないのです。何度挑戦してもうまくいかないので、今日は思い切ってドコモに出かけ手順を教えてもらうことにしました。若いお姉さんが出て来て・・・・。今までやっきたとおりに操作をして「送信完了」まで進み、ここまで来ているのですが、実際にはアップされていないのですと言いながら次に進んでいくと「アレッ、アップロードされている」ではないですか。
なんで今まではうまくいかなかったのでしょうか?手順は全く間違っていないのです。以後3回ほど挑戦してみましたが、全部上手くいきました。お姉さんの前からスゴスゴと引き返してきました。そういえばDVDドライブが故障した時も、サポセンに電話をする前に確認してもダメだったのに、電話をしながら操作したら異常なく動いたこともありました。
たぶん操作を早くやりすぎていたので、準備が済まないうちに次に進んでいたのかもしれませんね。まあ、出来るようになったので結果オーライです。
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