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村上市

昨日の続き。
高瀬温泉から村上市に向かいました。天候はまだちょっとと言うところでしたが、次第に持ち直してくるとのこと。
村上市は鮭の町だとは知っていますが、そのほかの事は全く何も知りません。ただ、車で走り回っていますから、何度も通過はしています。走っていても道には覚えがあります。ただそれだけです。
案内役もどこを見ると言った目的はあまりないらしい。まあそれでもどこかをと言う事で、村上城址に出かけました。こんなところがあることさえ知りませんでした。町の中の標高100m位の小高い所に、石垣だけが残っています。変なお城が立っているよりこんな風景のほうが私は好きです。往時の姿に自由に思いをはせることができますからね。此処での収穫はお城ではなく、「キバナイカリソウ」。通常私たちの見るイカリソウは紫色。日本海側のものは薄い黄色がかった白い花です。

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資料館だとか旧邸だとかを尋ねて、最後に鮭の博物館を訪れました。何処とも知らなかったところですから、それなりに見ごたえがありました。
その中でも気に入ったのが「塩引き鮭」のある風景でした。

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鮭のはらすです。

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買ってきてさっそく食べました。歯が悪くなった年寄りには、じっくり噛んで味を楽しむにはなかなかの難敵でしたが、いい味がしていました。
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高瀬温泉から村山市

高瀬温泉は新潟市岩舟郡関川村にある温泉で、飯豊と朝日連邦の間を流れる荒川が山岳地帯から平野部に流れ出たあたりにあります。荒川から土手一つ隔てた所です。
この辺りは今までにも何度か通ったことがあり、一度はこんなのんびりした広々としたところの温泉に泊まってみたいと思っていました。はからずも子供たちが、選んでくれました。
例によって随分とさびれて廃業した旅館もたくさんありました。でも淘汰されて残った旅館ですから、結構いい所で、古代檜つくりの温泉も湯量が多くていい感じでした。夕食も、こうしたひなびた所にしては見た目も良く味も中々のものでした。相対的な評価では「4.5」と評価出来そうです。
一寸遅い嫌いはありましたが桜も満開で、アーチ端の上からは絶景が眺められました。

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荒川の土手を散策していたらオオルリが5~6羽も飛んでいました。中々羽を休めてくれないので・・・


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この日は雨、それも結構ひどく降りここまでの道中は、道の駅めぐりに終始してしまいました。
翌日の事は又明日。

訃報

旅行から夕刻18:15頃食事を済ませて帰ってきた。
家に戻る途中、町内で葬儀社が建てた訃報案内の看板が目についた。アッ、これは大変だ、町内会のグループに、訃報の案内状が回っているはずだ。お通夜や葬儀に間に合うように、連絡書を早く回さねば・・・と急いで帰ってきた。
でもポストを見たがそんな回覧は回っていなかった。やれやれ遅れはしなかったようだと一安心。

所が、19:30過ぎに町内会3班の班長さんから副会長さんにと℡がかかってきた。「実は私の属する班内で亡くなられた方が出ました。その旨を町内会長さんに連絡しようと、電話をしたが何回コールしても通じないので副会長に連絡をした」・・・と言う事。本来ならば、訃報は会長がいない時には厚生部長に連絡を入れてもらうべきなのだが・・・・。まあそんな杓子定規なことを言っても始まらないので、承知しました、承っておきますと言う事にした。詳細なデーターはこれからお届けしますと言う事になった。詳細なデーターは班長さんではなく、お亡くなりになったご家族が届けてくださった。これにはそれなりの理由があった。
連休に入り休日が多いために葬儀が変則的に行われるので、詳細が分かっているご家族が来られたわけだ。
火葬を先に取り行い、その後通夜、葬儀と続くことになるそうだ。
この連絡を受けて、会長に電話をしてみたが5回ほどかけても留守電のまま。連休を利用してどこか温泉旅行にでも出かけいるのかな?そんなことでルールだからと思い厚生部長に連絡を入れたら、訃報回覧を作ってくださいと言う。これはあなたの仕事なんだけど・・・。「作れませんか」と言うと、原紙は渡してあるので作ってくださいと言う。まあ初めてだから仕方がないと、こちらで作ることにした。

そうこうしていたら、前副会長さんから電話が来た。私の近くでなくなった方があるので・・・会長に連絡を入れようとしたが何度電話をしても不通、仕方なく厚生部長に電話をしたが(流石は前副会長、連絡ルートは正確だ)こちらも連絡が取れないから副会長に連絡をしたと言ってきてくれた。お手数をかけました。こんなことで私が連絡を受け取りましたので、後はお任せくださいとお礼を言いました。
厚生部長への連絡なのですが、固定電話では外出が多くて出られないので携帯電話にして呉れないかと先日申し入れがあったばかりだったのです。前副会長さんはこれをご存知なかった。

それにしても大変ですね。死んでいく人は日にちを選ぶことは出来ません。生きている奴はいつも自宅に居る事は出来ません。おまけに連休となると尚更です。
担当者は1日以上の留守をするときには連絡をしておくべきですね。
早速明日一番に、訃報の回覧を行うことにします。

アンナプルナトレッキング:珍しい物

ツイッターにも書いたけれど、ネパールでは中々ネコにお目にかかれません。犬は嫌と言うほどいます。すごくおとなしいから全然怖くありません。それよりも、放牧されている、牛や水牛のほうがおっかないです。何しろ体がでかいですからね。
所でネコなのですが今回珍しく見かけました。これよりも前に2回ほどネパールに来ていますが、どの回も見かけることがありませんでした。ネパールでは一般的ではないのでしょうか?


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もう一つ珍しい物。これは魚獲り用の投網ですよね。標高2000mで谷間で500m近く降りなければならないところで見かけました。実際につかうのかなー?と不思議でした。

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川は実際に魚が釣れるそうです。でもネーパールで魚料理を食べたことがありません。次の写真はシヌワ2340mと言うところで見かけたものです。

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小さな小さなゴンパです。此処より上部では殺生は禁じられ手いるそうです。だから魚も釣ることは出来ないそうです。沢山つれそうないいポイントがみつかるのですがねー。

次は帰路ランドルンと言うところで見かけた風景です。投網にいっぱい魚がかかっています。600も下にある川で獲った魚でしょうね。まだ新鮮そうでした。

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TrekkingのEntry Permit

ネパールでトレッキングをするには、Entry Permit、入山許可が必要です。料金が2000Rs(2300円くらい)、写真が2枚必要です。


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道中にチェックポストがありそこで申請をします。当然私たちのようなツアーでは事前に登録をしています。
これがチェックポストです。


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今回の所はビレタンティーと言うところにあり、私たち行くくアンナプルナベースキャンプのルートと、ゴレパニに峠へ行くルート(シャクナゲのすごいルートです)の分岐点にあります。だからここは2回目になります。

アンナプルナトレッキング:ロバ止め

ネパールの山間部の車の通らないところでは、荷物の運搬にゾプキョ(ヤクと牛の雑種)やロバが良く使われます。先日書いた、テント泊のトレッキング:エベレスト街道の時にはゾプキョが使われました。
今回は下からすべてポーターさんが人力で持ち上げました。でも一般的な日常の荷物は、この街道ではロバが運んでいます。集落内でも車輪のついた荷車は見かけません。急な道では、荷車は使うことができないのです。


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所がこの生活道・2340mの所にあるシヌワと言う集落の上部に、こんなものが設置されているのです。
おやじギャグで、もうシヌ(死ぬ)はと思うくらいきつい登りが続くところです。

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何だ?これは…と思っていたら、これはロバ止めなんだそうです。つまりこれより上部はロバによる荷揚げが出来ないのです。
そうなると結果は明白です。

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道はまだロバが十分に通れます。これも雇用対策なのでしょうね。

アンナプルナトレッキング・・テント生活

歳を取るとどうしても懐古趣味になってしまいますが・・・・。
キリマンジャロ、ケニヤ山のトレッキングを除いてはネパール、パキスタンともにロッジ泊のトレッキングをしたことがありません。テント泊ばっかりでした。
だから今度のトレッキングは」なんだか風情が無くなってしまったようで残念でなりませんでした。次は今回見た風景です。
標高の低い所ではこんな所にテント場がありました。畑だったり家畜の放牧地だったりです。

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次はマチャプチャレベースキャンプの風景です。昨夜は雪が降りました。

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左の大きなテントはキッチンテントとダイニングテントです。右奥のとんがったグレーのテントはトイレテントです。
テント泊の時には前述のダイニング、キッチン、トイレテント、個人用のテントは当然の事、食料も、キッチンの炊事用具も、ダイニングのテーブルに椅子、食器に至るまで全部ポーターや約などで持ち上げていきます。このキャラバンに風情がありました。バリトロ氷河の29日間のトレッキングの時には、ポーターやシェルパが150人、それにヤギも2頭も付きました。
テント生活の朝は、モーニングコールはバケツをたたいて合図です。モーニングティーとお湯がテントに配られます。夕方テントが次々と設営されていくのを見るのも楽しみでした。

次の写真はバンブーで撮ったものです。中央に竹で作った小屋があります。かつてこれはテント場に泊まった人たちの炊事場だったところです。今はポーターの宿泊用になっていました。左手前の物は太陽熱を使ってシャワのお湯を作っている温水装置です。

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今回は1日目のガンドルンと12日目と13日目のコースは、12年前に通ったことがあります。昼食をとったランドルン(12日目)ではテント泊をしました。その場所を特定しようとしたのですが、確信をもってここだと言い切ることができませんでした。

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多分この畑がそうだったと思いますが、あまりにも変貌が大きく特定が困難でした。

ロッジの事

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以上4100mのアンナプルナベースキャンプのロッジです。すごく貫禄があります。次は内部です。Simple is besut.
ベッド以外なーんにもありません。ただしシーツは真っ白で清潔です。

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照明は低い所で川の流れがある所は小さな水力発電で、ベースキャンプあたりの流れのない所ではソーラ発電です。最近はカメラやビデオなどバッテリーを使うものが多いですが、その充電はどこでも有料で出来ました。低い所では200ルピー、ベースキャンプでは300ルピーです(100ルピー=115円)。ベースキャンプで午後日が陰ってから充電を頼んだら、今は駄目明日の朝にしてくれと言われました。ソーラ発電成るが故んでしょうね。電燈は全部LEDでした。
見てくれは良いですが・・・・。立てつけは悪いです。隣の部屋との仕切りはベニヤ板1枚、壁との間には隙間があるし・・・。話し声は全部聞こえるし、明かりも漏れてくるし。帰路のロッジでは床面の隙間から、下に栽培されている野菜が見えました。
原則として、ロッジは先に着いたもの優先で宿泊が決まります。私たちのようなツアーでも一応は予約をしますが、確実ではありません。だから、シェルパの一人が先行してロッジの確保に当たります。標高の低いロッジの多い所は、個室も取れますが高くなると相部屋、3~4人となります。
次は食堂です。食事時以外は団欒の場となります。シェルパは賭け事が好きで、カードゲームでかけていました。マチャプチャレベースキャンプと、アンナプルナベースキャンプでは、テーブルの下に暖房を入れてくれました。

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左側に見える椅子は込み合うときにはベッドに変身します。通常シェルパはここで寝起きしますが、ポーターは又別の所で寝ているようです。

アンナプルナトレッキング:石の文化-2

今日は建物を。

ロッジ前の様子です。綺麗な石畳です。

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廻りの民家です。屋根がスレートではなく石葺です。

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家の建設中です。

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石切り場:こんなところから切り出されて供給されているのですね。スッパと見事に割れていました。

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アンナプルナトレッキング:石の文化-1

ペルーのマチュピチュに至るインカ道は石畳の道で有名です。マチュピチュの近くをほんの少しだけ歩いたことがありますが、それは見事なものでした。
ところで今回のトレッキングで歩いた道もそれに劣らないくらい見事な石の道でした。世界遺産にしてもいいくらいだと思いました。
先ずは写真で見てください。物凄い傾斜の山道です。

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これは3800mの高所にあるマチャプチャレベースキャンプのロッジに向かう道です。


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いかがでしょうか?道は崩れたり、穴が開いていたりなどビクともしていませんでした。

今日は休止

町内会の仕事でいそがしかった。結局徴収を見合わせることとなった。

ワラビ

もうそろそろお先走りの奴が出ていないだろうかと思って、例年早く出るところを探してみました。
ありました有りました、6本ほど出ていました。6本あれば味噌汁の具にはなりますから摘んでくることにしました。
その後何時ものルートを通ってて山頂へ向かいました。
山頂部には松を植林したために下刈りをしたところがあります。そこに達した時「あれ!」なんだかワラビのような姿が見えました。いままで毎年通てい老いるところですが、こんなところでワラビを見たことがありません。それに
山頂部ですから時期が早くて、出ていないはずです。
でもよく見るとワラビでした。踏み込んでみたら結構出ています。この2~3日の暖かさで一気に出たのでしょうかか。なんだかんだと60本くらい採れました。
それならば、いつもの所にも出ているはずだと思って、寄り道をしてみましたがこちらでは全く見られませんでした。結局あの場所は何か特異な状態になっていたのでしょうか?
夜のお浸しを期待したのですが、あく抜きに時間がかかりお預けになりました。


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何でこの時期か

ネパールのトレッキングにはプレモンスーンの時期2~5月とモンスーン明けの10~12月があります。モンスーン明けは天候が安定していて、天気が崩れることがほとんどなく、崩れても短く良い季節です。それに引き替えプレモンスーンの時期は天候がもう一つ安定しません。今回も午後に崩れて、雨や雹や雪に見舞われました。でも夜になると回復し翌朝は素晴らしい天気になります。


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はじめっから天候の安定した秋を狙えばいいじゃないかとなるんですが・・・。春を狙うにはそれなりの理由があるんです。次がその理由です。

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これは信用できないかもしれませんがシャクナゲの花なのです。ネパールの国花でラリグラスと言います。日本のシャクナゲと違って大木になっています。これがみたいがために春に出かけるのです。以下その壮観な様子です。

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ピンク色もありますがラリグラスは真紅のもをいいます。かつて白色のものを見たことがあります。

アンナプルナベースキャンプから見える山々

アンナプルナベースキャンプは通称ABCと呼んでいます。そこから見える山々の姿です。
先ず主峰アンナプルナⅠ峰8091m  8km向こうに4000mの高さでそびえています。


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アンナプルナサウス7219m 7000mの前半とやや低いですがまじかに見えますから迫力満点です。


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アンナプルナⅢ方峰7555m アンナプルナはⅠ峰からⅣ峰まであります。

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マチャプチャレ6993m フィッシュテール(魚の尾と呼ばれている。)特異な形の山でポカラからもはっきり見える。アンナプルナ内院の代表的な顔。聖なる山として登頂が禁止されている。


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バラハシカール7047m サウスとⅠ峰に間にある。


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ガンダルバチュリ6248m  雪のきれいな山です。

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天候は、午後14時頃から崩れて低い所では雨、高山帯では雷鳴を伴う雹・雪が決まって降りました。そして夜23時頃になると先にように星降るABCとなります。そんな雲間を狙ってみました。マチャプチャレ

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アンナプルナサウス

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町内会

今日は吹上地区の町内会総会がありました。今年は役員の改選時期です。
町内には10軒位をを一つにまとめた「班」と言うのが49班あります。吹上は大きい地区です。
この班を5~6班をまとめたものがありグループと称しています。
町内の役員は正直言ってなり手が中々出てきません。町内会が出来た頃には、県庁に務めている人や、市役所に努めている人がいて、その方たちが役員を引き受けてくれていました。何年も引き続いて受けてもらっていましたが、その方たちも引退をされてしまいました。
そこで考え出されたのが、とにかくやっていかなければならないので、ある程度の縛りを設けようと言う事でした。
てっとり早く言えば、各個で輪番制でやっていこうと言う事です。
役員の任期は2年です。2年ごとに、先の各グループから理事なるものを1名選出します。これは完全な義務です。グループ内から理事を選ぶわけですが、ここで輪番制が出てきます。前々回はA班から出ました。だから前回はB班から出ました。と言う事で今年はD班言う具合です。班内からはどう選ぶかとなると、ここでも輪番制がいきてきます。班長は1年交代の輪番制だから、自然と決まってしまいます。でもねー、ここでもゴタゴタ言うやつがいるんです。普段は良いことを言っているのですが、いざ自分になると、私は出来ない…何とかして・・・と。
うっとうしいから、輪番が壊れますが、まあ私がやりましょうと引き受けました。

そういうことで、自治会の副会長が私に回ってきました。副会長とは何をやるのか???ですが、会長の補佐だそうです。規約を読んでみましたが、それらしい職務文書も見当たりません。引き継ぎをしたらUSBメモリーを渡されてこれに必要なものが入っているからで終わりでした。
中を見たら書類ばかりでした。これから仕事の内容を推定していかねばなりません。
当分は仮免許、ぼちぼちと進めなければなりません。あんまり飛ばしても、ひんしゅくを買いますからね。

アンナプルナベースキャンプから

降るアンナプルナ内院
夜中に起きてごそごそして同室の人が免なさい。4人部屋で二人が撮影をしだしたら、同室の添乗員さんまで起きてきて撮影をやりだした。露出はどれくらいですか?そうですねー。ISO3200で レンズは35mm位としてF3.5で
28秒くらいでしょうね・・・・。デジカメになってらくになったねー。

北の空:テントピークあたり

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東の空:マチャプチャレ上空

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アンナプルナⅠ峰上空

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アンナプルナサウス上空


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マチャプチャレ上空 月の出前

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朝焼け

これアンナプルナベースkャンプから見た朝焼けの風景です。
アンナプルナⅠ峰です。

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ロックポイヤー7485m方面のヒマラヤ襞

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アンナプルナサウスです。

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バラハシカール7647m Ⅰ峰とサウスに挟まれています。

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月明かりに照らされている峰:バラハシカール、アンナプルナⅠ峰:マチャプチャレベースキャンプから。4/1 AM5:31

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アンナプルナ内院

パノラマ写真の合成ってすごいことができるんだねー、驚いた!
アンナプルナ内院のパノラマ写真を合成しようと思って次の写真を撮ってきました。この写真はwebように加工してありますが、色などは全く手を加えていません。
パノラマ合成用には、これの素となっている原画4928 x3264を使いました。

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これをフリーソフトMicrosoft cecにドラッグ&ドロップしたら、瞬く間にこんなパノラマ合成した写真が出来てしまいました。

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つなぎ合わせはもちろんの事、遠近法で一番遠い所を中心に持ってきて、色の違いも調整してある。
おどろいたねー。さすが‼
1~3枚の写真の時には自分で合成していたのだけど、広角で360度を何枚もで撮ると1枚の写真の中心と端ではひずみが出ているので上手くつなぎができないんです。
いやー、参った参った。

写真

今回のトレッキングで写した写真の枚数は、2667枚、実質の1日当たりの撮影枚数は205枚になりました。
本来ならもっと多くなるはずでしたが、下りの行程では、午後から雹や雪や雨が降ったためにカメラを仕舞い込んでしまいました。このために下り行程の写真が極端に少なくなりました。
それでも2600枚の写真の整理は大変な作業になりそうです。
今日はとりあえずSDカードからPCにコピーをしました。(SDカードには年のためにまだ画像を残してあります。)
さらのPCに取り込んだ画像をDVD-Rに焼き付けました。これで画像は3ヶ所に残っています。
こうしておけば、PCの中の画像を少々いじって破損しても心配がありません。だから大事な画像は、いつもこうしています。
次は、マチャプチャレベースキャンプから見た、朝焼けのサウスアンナプルナとアンンアプルナⅠ峰です。
最初の写真はAM6:13、2枚目はAM6:16の撮影です。ほぼ同じ条件で写しました。たった3分に違いでこんなに成ります。

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アンナプルナ内院トレッキングから帰ってきました。

先ずはトピックスから
かつてのテント泊のトレッキングでは、食料・調理器具・食器・テーブルまですべてポーターさんが持ち上げて、それを使ってシェルパのコックさんが食事を作ってくれました。キッチンテントがあり、ダイニングテントがあり中にはテーブルまでありました。
今回の私たちのトレッキングはロッジ宿泊ですが、シェルパのコックさんが同行して朝昼夕の食事を作ってくれます。ロッジの調理器具燃料を使い、ロッジの食材を使い、ロッジの食器を使い、特殊な食材は実現地調達をして、私たち日本人のトレッカーの味覚に合った調理をしてくれます。
いい例が朝の御粥です。それに日本から持って行った、ふりかけやおちゃずけの素、味噌汁の素などで味付けをします。又旅行社もうたい文句歩一つとして、日本の食材を持って行く変化をつけてくれます。今回は稲荷寿司でしょうか。添乗員が造るのが原則ですが、もう慣れてしまったコックは自分で作ってしまいます。

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誰かの誕生日の日にはこんなものも作ってくれます。鍋と皿が道具です。

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現地調達の食材の典型はこれでしょう。フライドチキンは柔らかかったです。これで1人前。

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昼夜の食事はこんなものです。ちなみに昼は私達に朝食を食べさせてから先行して、昼食を作って待っていてくれます。

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問題はこの付け合せの野菜なのです。こういった所では野菜の早取りはせず、十分育って大きくなってから収穫します。だからキャベツでも菜っ葉でも軸がすごく硬い。食のバランスのためにはと思って、年寄りの弱った歯を酷使しながら一生懸命に食べて居たら、終盤になってついに差し歯が抜けてしまいました。
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