スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

いちご栽培

山元町・亘理町を歩くと物凄い数のビニールハウスーが目につくようになりました。やはり何よりもまず生活の糧になるものを優先しなければならないからでしょう。この辺りの各農家ではほとんどすべてが「イチゴ栽培」用のハウスです。

昨年9月に見た亘理町大畑南にあったハウスです。

画像


今日、同じハウスを見てきました。置き台を使った高床式でした。

画像


画像


別の農家で見たものです。

画像


受粉はミツバチにやらせていました。ここは地植えでした。

画像


驚いたのはハウスが二重なっていることと、照明が設置されていることでした。

画像


照明、温風など結構電力も使いますね。その内にソ-ラ発電装置が付くようになるかもしれません。美味しそうでした。
スポンサーサイト

常磐線

3/16より現在仙台ー亘理間を運転中の常磐線が3/16,より浜吉田駅まで延長運転が開始されるようです。
今日駅に行ってみました。すっかり準備は終わったようで、明日2/28夜試験走行が始まるようです。

画像


駅舎もすっかり準備が終わっていました。ただし椅子がまだ座る所がついていませんでした。

踏切も明日の試運転から働き出します。一時停止を確実にしましょう。

線路はまだ先でありますが、ここでストップです。

浜吉田より南には運転していません。ここで終わりです。

…とまあこんなところでした。

試験操業

昨日に続いて、今日も松川浦に行ってきました。昨年来5度目で、やっと試験操業に出た船の水揚げシーンを見ることができました。やっぱり漁港はこうでなくてはいけませんね。船の出入りや水揚げは良い物です。
でも残念ながら、魚種が少なく一つの船からの水揚げが少なすぎ、さびしい限りです。
許可されている魚種は13種類とか・・・。
待っていたのですが一向にセリが始まりません。尋ねると、まだそこまで行くことができないのです・・・と寂しい答えが返ってきました。今月はこれで終わりだそうで、今の所来月がどうなるのか決まっていないそうです。
早く威勢の良い声が聞こえるようになってほしいものです。

画像


画像


画像


画像

思ってもいなかった人との出会い

震災後2年目になるので、松川浦からもとの常磐線(今は廃線)の坂元駅までを見て回りました。坂元駅はホームの残骸だけでてて物は全部亡くなっていました。

画像


こんな駅前の荒れ地で何かをしているお年寄りがいました。見ると色々な種類の苗木が植えられています。
「ここに公園でもできるのですか?」と尋ねてみました。これがきっかけで、寒くて雪のちらつく中で都合30分は話し込んだでしょうか。
年齢は82歳。脳梗塞にかかって体がまだ不自由とのこと。一緒に病院に入院していた6人の知り合いは、5人が糖尿病とかなんとかでなくなり、残っているのは自分ひとり。体が不自由だろうと言って子供たちが椅子を買ってくれる。動くのが大変だろうと車いすを買ってくれる。そうすると余計に筋肉が衰えて動けなくなってしまう。だからリハビリのつもりでこんなことをやっている。今日もみんなと瓦礫拾いをやり、終わったからここに来たのだと・・・。昨年は富士山にも登った・・・、そう言うとみんな信じないからと証拠の名簿まで見せてくれました。
私の持っているカメラを見て、俺も病気になる前にはやっていたのだけど5年前にやめた。その時の機材をコンテナに詰めて有ったのだけど、津波ですっかり流されてしまった。でも、もしあの時に写真をやっていたら、津波を写そうと思って残っていて津波にのみこまれてしまっただろう。4人で逃げたのだけど3人は飲み込まれてしまった。その話をしたら、昔の写真仲間が、デジカメをプレゼントしてくれた。昔の事は良く覚えているが最近の事は覚えられない。どうしたら、撮った写真を見ることができるのだ?と質問しながら、車の中にあるカメラをとりに戻ろうとして、ばったりと倒れてしまいました。でも勢いよく立ち上がり、こんなになってしまったのだと笑っていました。こんな話をしているうちに、俺の田圃は駅の向こうにあって「震災の年に稲を作ったのだ」と言う。
「エッ、あの小さな田圃はおじいさんが作ったのですか?」とまた話が弾む。
塩害で作れないと言うがそんなことはない。俺の所は時々波をかぶっていたがそれでも作っていた。作れるんだと言う事を知らせたくて作ったのだ。沢山実ったよ。そんなことを聞きつけたマスコミがやって来たけど、公表するのは許可しなかった。偉い人たちの言う事に逆らってもしかたないからね。でも後から仲間から聞かされたのだけど、あの人たちは東北方面ではTVでやらなかったけど関東より西では放送したようだと・・・。
今年は作るよと言っていました。
ええ、もっともっとあっちへ飛びこっちえ帰りしながら話しが続き、すっかり体が冷え切ってしまいました。元気で作ってください。今年も又見にきます。
次が話をしたオジサン

画像


これが2011/9/13に見かけた小さな小さな田圃。塩害に勝つには苗は20cmより大きく育ててから6月になって植えるのだそうです。

画像

出鼻をくじかれた

震災後2年目の様子を見に松川浦から山元町へと出かける予定でいたのに、起きてみてがっくり。またまた出鼻をくじかれてしまいました。それにしても今年は天候が不順ですねー。
一日中雪がチラチラ、どうやら今日は真冬日だったようです。
それでも雪の日は雪の楽しみもあります。我が家の庭でこんな風情のある様子が見られました。

画像


昨日咲いていた福寿草です。太陽が弱いから、花は開き切っていません。

Windows liveムビーメカー

被災地に2年後を見に行こうと思っていたら、雪で真っ白。出鼻をくじかれてしまいました。午後散歩に出かけようとしたら猛烈な風。またもや出鼻をくじかれました。
そう言うことで、今日は一日中「Windows LIVEモービーメーカー」の使い方の勉強をしていました。
従来使っていたオーサリングソフトは、DVDに焼き付けてTVで再生するともう一つ鮮明さに欠けました。そこでいろいろ探していたのですが、たまたまWindows7を買ったときについてきたのがこのオーサリングソフト。
慣れるまでなのでしょうが、少々今までと勝手が違い面倒なところがあります。
画像の解像度だとか書き込みの条件などを変えて比較をしてみました。

画像の解像度=1920x1080
プロジェクトの保存は高解像度ディスプレー 1920x1080
文字はキャプションで書き込み、フォントサイズは18

このくらいが今までで一番鮮明に再生出来る様です。まだまだ考えねばならないことが出てきていますが、震災後2年目の姿はこれでやってみようと思います。

何にもないとさびしいから・・我が家の福寿草です。やっと咲き出しました。先日咲き出したツバキの花弁は凍って枯れてしまいました。

画像

ツグミが来た

毎年来ていたツグミが今年はさっぱり姿を見せないと思っていたら、やっと姿を現しました。なんだかホットした気分。凄くおとなしい鳥で、ヒヨドリが来るとサット逃げてしまう。

画像

でも案外人の動きには左右されず、ずうずうしい所もあります。メジロも案外ずうずうしい鳥ですから、結構こんな調子です。

画像


ツグミが来るようになると、体もでかいですからえさのリンゴが猛烈な速さでなくなっていきます。従来は1コで2日持ったのですが、1日でなくなるようになりました。又こいつの食べ方が中々上手なのです。皮を残して、果肉だけを食べていきます。

画像

松くい虫

グリーッピア岩沼まで足を延ばしました。
赤松展望台に着いたら、こんなものを見かけました。

画像


廻り全部ではないけれど相当数の松に刺さっていました。松くい虫対策のようですが、対策をする木としなくても良い木の区別はどこで見るのでしょうか。しばらく見て回りましたが、全く手がかりらしきものは見つかりませんでした。
赤松はきれいな木で、私の好きな木の一つです。昔は千貫山にはたくさん繁っていましたが、松くい虫のせいでしょうか随分と枯れて倒れてしまい、寂しくなってしまいました。赤松林には、シジュウカラやアカゲラ、コゲラなどがいたのですがねー。効果が出てくれるといいのですが・・・・。
最近になって、「値千貫の松プロジェクト」とかなんとか銘打って赤松の植林をしてくれたりといろいろ手を打ってくれています。
もう一度赤松のきれいな山になってくれるといいですね。

アンナプルナトレッキング

トレッキングの申し込み手続きが、費用の残金を払い込みすべて完了しました。後は当日成田に行けばいいだけになりました。
デジカメを持って行きますが、4100mの最高地点で8000mのアンナプルナを背景に星の日周運動を写そうと思っています。そうなると長時間の露出(30分近い)が必要になり、バッテリーの消耗が懸念されます。それでなくても、気温が低いと消耗が激しくなります。予備を含めて2コ持っているのですが、もう1コ必要になるかなーと心配になっていました。
たまたま今日旅行社から電話がありました。そこで、トレッキング中の宿泊はロッジ泊りだが、そのロッジでバッテリーの充電が可能かを聞いてみました。当然「出来ません」の答えが返って来るものと思っていました。所が返事はあっさり「可能です」でした。4100mの高地にあるロッジでも可能とのことでした。

もう随分前の話になりますが、エベレスト街道を歩いた時や今回のコースの近くを歩いた時は全部テント泊で、ロウソクに懐中電燈で、電気など考えられませんでした。
そういえば、アンナプルナの方面では途中の村で「発電機が故障したので修理費用を稼ぎたい。ついては今夜ダンスパーティーを開くので出席してカンパをしてくれないか」と頼まれたことがあったなー。
水の流れがあれば小さな発電機で発電できるし、最近ではソーラ発電も可能になってきているから・・・・、もうかつてのような風情は見られなくなったかもしれませんね。
それはそれで、13年前と今の比較をするのも楽しみの一つになりそうです。

4年前、四川省の四姑娘山で。ほんの小さな流れでしたがこの発電機でキャンプサイトに外灯が点いていました。

画像


9年前、ペルーのチチカカ湖・ウロス島で。フジモリ大統領の施策の一つだとか。

画像


ポールの上がソーラバッテリーです。TVを見ていました。

海岸堤防

先日二ノ倉海岸の堤防の復旧工事の様子を見てきました。ここはなかなか大変な工事の様子です。
応急に設置された仮堤防がそのまま残されて、その海岸寄りに新しい堤防が設置されているのです。他の工区を見た限りでは、仮堤防は撤去されて新しいものが設置されています。

左側に仮説の堤防、そして海側:右側に新し堤防が造られています。


画像


こちらでは右奥に新しい堤防が造られている様子がわかります。

画像


更にその右側の波打ち際には波消用のブロックが積み上げられています。新しい堤防のすぐそばまで波が押し寄せているのです。以前は砂浜が続いていたのですが・・・。

画像


この二ノ倉工区の左:西側には県南浄化センター、瓦礫処理施設(焼却炉)、二ノ倉工業地帯、岩沼亘理浄化センターなどが修理されたり新設されたりしています。
仮の堤防を残したまま、新しい堤防を作っているのは、その間もこうした施設を守るためなのでしょうか。

確定申告

今日はこのあたりの住民の確定申告の割当日でした。
定年退職の時に、嘱託として6カ月ほど会社に残って働いた事および退職金の事も有ったので、ちょうど仙台駅で税務署が申告用紙を配っていたのでもらって来ました。それ以来毎年税務署から申告用紙が送られてきます。

実際の申告は岩沼市役所で、申告をしています。最初は送られてくる用紙に一々書き込んで持って行ったのですが、係官はそれを確認するよりも新しくPCにインプットしていくほうが早いらしく、私が計算していったものなど見向きもしてくれません。それが2年ほど続いたので、それ以後は資料のみ持って行きあちらで作成してもらっています。ただ税務署から送ってくる申告用紙は忘れずに持ってきてくれと言われています。用紙にはNoが打ち込まれているようです。

毎年申告をしているのは、わずかばかりですが年金以外に雑所得がある事、生命保険料があること、医療控除があることなどによります。
ここ3年ほどはリーマンショックの時に損失を拡大させないために、投資信託を損を承知で売り別のものを新たに購入しました。その時の損失を持ち越していますので、その調整も含んでいます。
じわじわとですが、値も上がり配当も出ています。それに掛かる税は源泉分離にしているので、頭から引き落とされています。これを改めて申告すると、前の損失と相殺されて戻ってきます。
これが毎年結構な金額になりました。今年でやっとそれの清算が終わりました。来年からは、損失処理などのないすっきりした申告になるでしょう。又そうでありたいです。

標識

震災2年後の状況を見て回っています。
多少の余裕ができたと言ったら失礼かもしれないが、最近こんなものを見かけるようになった。
荒浜小学校で

画像


この学校は修理をして、この4月から再開することになっている。

2月11日に閖上港の状況を身に行ったその時の写真です。
次は、貞山堀が名取川に流れ込むところの水門です。

画像


河口から約700mの所です。右側についているメジャーから推定すると、8.4m位の高さまであったと言う事になります。
次は河口から約1.7kmの所にある閖上橋の所の堤防です。

画像


堤防の高さがどれくらいあるのか分かりませんが、ここでは堤防は完全に乗り越えていったと言う事ですね。
次は岩沼市。阿武隈川の河口の貞山堀の新浜水門で河口より450mほど。

画像


水門の橋に立ってみると、そこから2m位上になります。此処でも堤防は完全に乗り越えていったのですね。それにしては、堤防そのものは壊されていなかったようです。水門は壊されていました。
その壊されなかった堤防も修理の手が入ってきました。

画像


震災後の修理と言うよりも、その前に上流から進められて来ていた、改修の一環と見たほうがいいようです。

閉店セール

時々出かけていた隣町のアウトレットショップが閉店すると言うので、在庫処分のセールをやっている。めぼしい物、特にUSBメモリーがないかと思い出かけたが駄目でした。セールを開始してから3日も4日も経過していては、これと言うものは全部なくなっていた。
それでも、純正のジェットプリンターのインクが30%OFFで買うことができ、リサイクルのものよりさらに100円安く飼うことができました。
USBメモリーは近くにある大型電気店で、土曜日曜日のセールの残り物を探して、手に入れてきました。

携帯電話を落とした

震災より1年11ヶ月、今日は亡くなった方の月命日に当たる。
・・・と、いう事でもないが名取市閖上地区に2年後の姿を見に行きました。
先ずは宮城農業高校の様子。建物もグランドにあった廃車も何もかもみんななくなっていました。新しい校舎はもっと山寄りに立てられるそうだ。

画像


閖上港 赤貝やナミノコやツブガイなどの貝漁をやっているそうです。魚はまだ当分は放射能の影響で操業を自粛しているのだそうです。船も全部流されてしまったからねー、この船なども支援してもらった物とか買ったものとか・・・・とオバチャンが言っていました。

画像


画像


港の整備も進んでいました。

画像


近くの閖上大橋の橋脚の修理に水陸両用車が使われていると言うので、ついでに出かけました。これがその姿です。2台でペアーになっているのですね。
「コマツは6日、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区で稼働する水陸両用の大型ブルドーザーを公開した。
水陸両用ブルドーザーは、水深の浅い河口部や湾岸などの工事で、船や架橋作業に替わる建機として
コマツが1971年に開発した。販売が伸びず生産は打ち切られたものの、唯一国内で稼働する
5台のうち1台を大幅改修して被災した橋の復旧事業に投入した」・・と言う事のようです。」・・だそうです。

画像


画像


これを写真に収めて意気揚々と引き揚げてきたのですが、コンビニで弁当を買ってから携帯電話を落としてきたことに気づきました。最後に電話をしたところは覚えています。それから車から降りたところは、4か所しかありません。弁当を食べてから探しに引き返しました。先ず順を追って探して見つからなかったので今度は引き返しながら探しました。残念ながら見当たりません。スゴスゴと帰宅しました。電話が使われないように、廃棄手続きをしなければと思い家の電話の前に立った時に、フト誰かが拾ってどこかに届けてくれて居るかもしれないと思い
物は試しと、コールをしてみました。オッ呼び出している・・・しばらくすると、女性の声で反応がきました。閖上港を私と前後しながら見て回っていたカップルの方でした。多分そうだと思って追っかけたのですが・・・と言う事で、
でした。今、松島まで来ていてこれから三陸道の松島海岸のインターから乗り東京のほうに帰るのだという。
色々話したがうまい受け渡しの方法がない。急ぎでなかったら、料金着払いで明日送りましょうかとの提案をいただいた。でも申し訳がないので、松島海岸の料金所で預かって貰えないか聞いて下さい。OKならそこに預けてください、すぐ取りに参ります・・と言う事で料金所で預かって貰いました。
すっ飛ばして引き取りに向かいました。お礼をしたいから住所氏名をメモに残しておいてくださいとお願いしておいたのですが、料金所の人から「そんな必要はありませんから・・と言って帰られました」と告げられました。
拙かったなー、電話口で聞いておくべきだったな。もっともその時も、いいですいいですとは言っていたのですが・・・。良い方に拾ってもらいラッキーでした。有難うございました、感謝々々です。

震災後2年目

震災後2年目の様子を記録するための行動を開始しました。手始めとして、堤防工事が一番すすんでいるだろうと思われる、名取市の北釜海岸・・飛行場の東・・から始めることにしました。
車で現地まで行き、後は歩いてみてまわりました。歩行数約26000歩、結構な距離です。
北釜海岸で堤防工事と海岸防災林の復旧工事を見て、そこから南下して相の釜海岸と、県南浄化センターの様子を見てまわりました。

堤防はその姿を相当はっきりと現してきました。
陸地側です。

画像


海側です。

画像


ブロックを積み上げている様子です。


画像


次は海岸防災林の復旧工事の様子です。担当は林野庁です。まだ土砂を積み上げている段階です。これは北釜海岸の土盛りの様子です。写真の中にレベルを示した杭を張り付けていますが、この杭は相の釜海岸にあったものです。これから類推すると、堤防の内側に海抜3.5mまで土盛りをするようですね。

画像


震災直後に見て回った時に防災林が完全に流された所と、立派に残った所が歴然としていました。これは植林した時の地盤の違いのようです。その意味からも、地盤をしっかりしておかねばならないのでしょう。

次は、県南浄化センターです。もうすぐ完全復旧するようです。

画像


左に見えるのは流されたあの巨大なタンクと同じようなものなのかなー。次が震災直後の様子です。

画像

ハイキング日和

風が強いとの予報だったが、ほとんどなし。絶好のハイキング日和。お昼も青空のもとで、おいしく食べました。たくさんの人と出会い、結構話も弾みました。

ため池の氷に木の影がきれいに映っていました。

画像


コースは南の山神社の社務所から登り山頂へ、そこから高圧線鉄塔日本製紙線の10番から谷に下り、改めて登りかえして赤松展望台へ、柴田町との境界線をたどりグリンピアのモミの木の道をたどって七堤へ。帰りは氷室の道を通り千貫山山頂経由で帰宅。歩行数約26000歩、荷物7.5kg。
帰路の千貫山を越えると、人影はなくなり静かになりました。御蔭で小鳥がいっぱい。

自信がないのですがこれは「ムギマキ」と言う鳥らしい。

画像


こちらは「ウソ」、なんだか変な名前ばかりです。

画像


画像


画像


春を探して歩いたのですが、見つかりませんでした。山中ではまだ少し早いようです。

ホオジロ

散歩道にたくさんいるのだけど、大体がブッシュの中でチョロチョロしているために、写真にはなかなかとることができない。珍しく今日は、イチジクの気の止まっているのが見つかった。

画像


小さい頃にこの小鳥には思い出がある。冬になると、近くにあった桑畑に良く来た。きれいな鳥だからこれをどうしても捕まえたくていろいろと挑戦をした。その一つの方法が次のような仕掛け。

画像


ごく単純な発想で、箱をつっかい棒で支えておく。この棒には糸を結わえておき、遠くまで伸ばしておく。箱の内部の地面に、モミなどのえさをまいておく。こうしておいてホオジロが箱の内部のえさを食べに来るのを待つ。
来たら、ソレッとばかりに糸を引いてつっかい棒を引き倒す。ホオジロが箱の中に閉じ込められる・・・・と言う寸法なのです。
捕れたと思いますか?

小鳥を飼ったのは、軒先に巣を作ったスズメの巣から落ちた雛を育てたくらいです。スズメでも目の開いていないころから育てるとよくなつくものです。家の中で放し飼いにしていました。ご飯を食べていると茶碗のふちに止まり、一緒にご飯を食べていました。今なら鳥インフルエンザが怖いですね。
2羽飼っていたのですが、こんな育て方をしていた鳥に生のコメを食べさせたのです。お腹いっぱい食べたのでしょう、しばらくするとキリキリ舞をして死んでしまいました。かわいそうな事をしました。お腹の中で水分を吸ってコメが膨らんだのでしょうね。なまの穀物を食べたことがなかったのです。
もう1羽のほうですが、それからしばらくしてフイと外に飛出して、それっきりかえってきませんでした。野生にうまく返れたのでしょうか?

HP「野の花山の花」に追加

昨年集めた新しい花を、今日まとめてアップした。
春の季節で5種、夏の季節で4種、秋の季節で10種の計19種。八丈島に行ったので其の分が結構あった。
そのほか、同じ種類だが、バリエーションとしてアップしたものが3種ほど。

花にあまり詳しくない山友達がいるのだが、その人が山で見た花がなんという花かを調べるのに便利なようにと思って作ったサイトだから、花の図鑑のようになっている。つまり、アップし終えた時点で、完成と言う形になっている。だから、その中に追加を入れるとなると、割り込みをさせなければならない・・・、前後の関係が崩れてしまいます。割り込みの位置を決め、リンクを張りなおして・・・と中々大変な手間がかかります。
どちらが楽かやってみなければわかりませんが、今年からは纏めずにその都度アップすることにしよう。

http://goo.gl/o39jo

このページの咲く季節環境で、GOをクリックして移動したページ・・・科名一覧の中で赤字になっているものが今回追加したものです。

何処でもいいです、クリックして進んで、遊んでください。

除塩(3)

次はこの画面です。
いったん積み上げた土砂の山をもう一度シャベルカーで崩しながら、瓦礫を取り除いています。大概一台の重機に付きオバチャンが二人ついています。

画像


こんな治具を使って瓦礫を取り除いていました。

画像


瓦礫を取り除いた土は、もう一度こうして田圃の戻します。これを平らに均すんですね。

画像


こんな調子で除塩を行っている田圃の作付けは来年からになるそうです。「3年もブランクが出来てしまうと、やる気が失せてしまいます・・・」と言っていました。

除塩(2)

昨日の続きです。なにが疑問だったかと言うと次の写真にあるような、土の山です。

画像


津波の堆積物を取り除くだけでこんな土の山ができるわけがありません。取り除いているのがすごく深いのです。30cmは優に掘り返しています。畔と比べてみてください、深いですよね。

画像


それで近くに出ていた農家のオジサンに訪ねてみました。「取り除いた土は何処に持って行くのですか?」
帰ってきた返事は意外なことに「元に戻すよ」でした。
つまり、深く掘っているのは、土中に入り込んでいる瓦礫を取り除くためなんです。震災直後のこのあたりの様子です。

画像


これを取り除くため、土中深く刺さっている瓦礫を取り除くために土を掘り起こしているのです。所が、ここまで掘り出してしまうと、土地が低くなりすぎて排水もできなくなり問題なのです。だから「元に戻す」なのです。一つ前の写真をよく見てください。写真の左下に十字の杭が打ち込んで有ります。この横棒のレベルまで土を埋め戻すのだそうです。
尚この土の掘り起こしと同時に区画整理も行い1枚当たりの田圃を一町部とかの大きさにそろえていくのだそうです。

この続きは明日。

田圃の除塩作業

何度も書いてきたことなのですが・・・。先日も阿武隈川の土手を自転車で走り、作業の様子を見てきました。
物凄いピッチで進んでいますね。復旧が遅れていると言われていますが、実際を見てみるとこれだけのことがこんなピッチで進んでいるのは驚きです。

画像


まず津波の堆積物を取り除きます。

画像


耕します。

画像


水を張ります。

画像


土中の塩分を水に溶かしだします。

画像


これが手順なのですが、ちょっと変なものを見かけました。

画像


これは何をしようとしているの?疑問が出てきました。

出荷規制解除

亘理町荒浜港へ半年ぶりに出かけた。9月に出かけたときは、市場に並んでいる魚がたった6箱と言うみじめな有様だったが、今回は結構にぎやかになっていた。

画像


前回同様に磯浜港からも魚を持ってきていた。松川浦はまだ操業自粛中なのだろう。今回も、カレイのみだったが前回より大幅に数がアップしていた。

画像


市場がにぎやかになっていたのは、今まで出荷自粛中だった宮城県沖のマダラが1月中旬から解除されたことによルもので、タラが威勢よくセリにかけられていました。

画像


画像


画像



画像
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。