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散歩道:自薦ベストショット 2012

この1年間で面白い、きれいだ、ヤッタと思ったものを独断と偏見で選んでみました。

①虹色のトラップ、Mr.Xのトラップ、水玉のトラップ

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②貴婦人:飛ぶ姿をやっと撮りました。

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③モンキアゲハ:東北にはいないと言われている。温暖化の影響?

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④飛んでいるトンボが写せるようになりたかった。

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⑤zラスに襲われたカブトムシ:残酷物語

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⑥ツバメ、メジロ

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⑦カモシカ:何時もの所にいました。

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⑧戯れるトンビ:ビニールのようなものを取り合っていました。

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⑨実り:ノブドウ、ウバユリ

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⑩初冬の風景;草紅葉。色見本」

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グリンピア岩沼で見たこと

グリンピア岩沼のモンタナリゾートホテルの裏側にある第一展望台への登り道の両脇に5棟程ロッジがある。夏休みとか春休みに、学生たちがテニスの合宿に使っているのを見かけるが、それ以外ではあまり使われているのを見たことがない。ただ、ロッジの清掃をしているのは見かけるから、それなりに使われているのだろう。
こんな年の瀬が迫って、気候もあまりよくない時期にこのロッジを使おうとやってきた家族連れを昨日見かけた。
おじいさんとおばあさん、娘か息子夫婦、そして孫娘が二人の6人連れだった。
「わぁ、あったかくなっている!」と言いながら、クーラーボックスや手荷物を運び込んでいた。
こんな時期にねーと思いながら、どんな家族連れなんだろうと勝手に思いを巡らしてみた。

おじいさんとおばあさんは、狭い仮設住宅暮らし。お正月だし、おじいさんおばあさんを元気づけたいと、都会で暮らしている息子夫婦と孫娘たちが帰って来ると言う。でも仮設住宅では狭すぎて一家が団らんすることさえできない。そこで思いついたのが、このロッジ。結構広いから6人が十分に寝泊りできるし一寸した炊事もできる。隣近所に気兼ねをすることなくにぎやかに団らんすることもできる。すぐ前にはホテルがあり洒落た食事のできるレストランがある。
大晦日にはホテルで年越しのパーティーがあるから、それに参加して餅つきやおいしい料理を楽しめる。新年もレストランで祝えばいい・・・。孫娘たちを喜ばせることが出来そうだ。おじいさん・おばあさんはこんな発想をしてここにやってきた・・・。

想像のめぐらしすぎかなー。

今日も車の事

あんまり試運転ばかりしているので、何時の間にかガソリンが無くなっていた。年末近くとあってガススタンドも大賑わい。ずらりと行列させられた。1年9ヶ月前を思い出させられた。
それで、今日も車の試運転に亘理町方面に走りました。これも歳末だからでしょうか、亘理町内の各交差点にはお巡りさんが3~4人づつ立ちんぼうをしていた。亘理署にこんなにたくさんいたのかなーと思うほど。
なるべく信号が多くて信号待ちでストップするようなところを選んだのだけど、今日は車が多くて信号に近くになると徐行運転をして調整をする人が多く、あまりストップすることがなかった。時間はかかったけどね。

これで4日間・午前午後の計8回走ったけど、問題の2速固定の現象は出なかった。まあこれで原因は取り除けたと言う事にしよう。明日からは通常通りの運転をしよう。ガソリンももったいないからね。

先ほど又地震があった。大きくはないが最近一寸おおいな・・・・。
ツイッターで日本気象協会のアカウント「tenki.jp地震情報」をホローすることにした。

誕生日

今日は73歳の誕生日でした。何所大過なくここまで来ました。
まだもう少し頑張ってみたいものです。

車の事、今日も午前午後に分けて2回走ってみましたが異常は発生しませんでした。
原因は取り除かれたとおもってよさそうだけど・・・。
まあもう少し様子を見てみよう。

落ち葉掃き

年末の大掃除の一環として、庭の落ち葉掃きをしました。
狭い庭だけれど、我が家の庭には結構落葉広葉樹っが多いのです。
春は鮮やかな新芽の緑や赤が楽しめます。
ボタン、夏椿、はなかいどう、大出真理、雪柳、レンギョウ等同じ花を楽しませてくれる気もたくさんあります。
中には、サクランボ、キウイ、ブルーベリーのように実を楽しませてくれるものもある。
そして最後に紅葉。
今はブルーベリーの葉っぱの赤がきれいです。このように目を口を楽しませてくれたから、落ち葉掃きぐらいは文句は言えないですね。
それと落葉広葉樹は、冬になって葉を落とすから日陰を作らないところがまたいいのです。
そうそう実で思い出したが、今年はブルーベリーが豊作で16.5kgも収穫が出来ました。ふんだんにできたブルーベリージャムを毎朝おいしくいただいています。

追加;本日も午前と午後に分けて約5okmくらい車を走れせてみました。居間の所不具合は出ていません。

又々車の事

今日デーラーの修理工場から車を引き取ってきました。
「色々走りながら調べているのですが、今一つこれだという原因にたどり着けないのです。私の所は明日から年末年始の休暇に入ってしまいます。したがって本日中に、とりあえずお渡ししておきたいのです。・・と言っても何にもせずじまいでお渡しするのも芸のないことなので、先にお話しした、速度指令が出なかったことについてその部品を取り換えたいと思います。実はその部品単体で検査をしても異常が認められないのです。」
まあこんな話の末、当該の部品を取り換えてもらってから引き取ってきました。
色々と調べてはいるようです。走行メーターを見たら預けた時より100kmほど伸びていましたからそれだけ走りながら調査をしているんでしょう。
それと、前回の部品の取り換え後も発生していることで、ちょっと責任を感じて居るみたいで、今回は部品の実費のみでいいとか。それも年明けにしましょうと言ってきた。

で、引き取ってから走ってみた感じなのですが
引き取ってすぐ、約20kmほど走行してみましたが発生はありませんでした。
午後は約60kmほど走ってみましたが、これも異常が出ませんでした。このままいくといいのですが・・・、まあ年末年始を走って様子を見てみます。

それにしても今日は風が強く、寒さも厳しかったですね。
デーラーでは、幟旗のポールが全部折れてしまったと言っていたし、午後散歩に出た時には風に向かって進めないくらいの時もありました。寒さのほうですが、フアンヒーターで温めていた部屋が食事をしている1時間ほどの間に、6度まで冷えてしまっていました。

味噌煮込みうどん

今日名古屋在住の姉から「味噌煮込みうどんときしめん」が届いた。
最初に味噌煮込みうどんをご馳走になった時にはギョットしたことを覚えています。
何しろ、赤だし味噌で煮込まれているから、まっかっかのだしで、ものすごくからそうに見えます。
その上食べてみると、何だこれは半生じゃないかというくらいうどんそのものが固いのです。

鶏肉を入れて、土鍋で煮込んであります。土鍋のふたにうどんを取り出してフウフウ息をかけて冷ましながら食べます。好みのよっては生卵を割って入れます。
最初はなんだこれはと思いながら食べるのですが、食べていくうちにこれが中々美味く感じるようになってきます。今では好きな食べ物の一つになっています。何かの用で名古屋に行った時には、必ずこれをお土産に買ってきます。最近はこちらのスーパーでも見かけるようになりました。

中部地方にはなかなかユニークなうどんがほかにもあります。「伊勢うどん」です。こちらは又なんだこれは、実に軟弱だと思うくらいうどんが柔らかいのです。板かまぼこやネギを入れたうどんにドロドロしたソースのようなだしをかけて食べるのですが、これも食べていくうちにやっぱりおいしくなってきます。味覚というものはなかなか微妙なものですね。こちらはまだスーパーで見かけたことがありません。

奇しくもクリスマスイヴの今日、ずーっと昔からの友人から「鮎の甘露煮」が届いた。もう何年も前からこの時期になると届けてくれる。もう忘れられてもおかしくない経年なのに、ありがたいことだ。
電子レンジで少し温めて食べると、なかなかのもの。故郷の川の味がする。
そういえば今年はごく軽い脳梗塞になったとかいっていたなー。でもクラス会に参加したと言っているから相当回復したのだろう。その時の集合写真を送ってくれた。もう50年以上あったことのない懐かしい顔が二人もいた。
私たちの中学校時代のクラスは全部で60名程だったが、それから60年近く経過してもこれだけ集まるのだから、随分と仲良しグループだったのだな。

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2年後に又開くと言っているから、その時にはぜひ参加をしたいものだ。

年明けには何かこちらの名物でも贈ることにしよう。

車の事

デーラーに修理に出している車の事で、メカニック夜から電話が来た。
私の言っているトラブルが、先の部品交換後でも再現したとのこと、結局前の推定はほんとうの原因ではなかったことになる。
今回は制御回路の計測器をつんで走っていたらしい。現象が起こった時に、ミッションから今現在の速度信号を制御系に送っている値が、実際には30~40km出ているにも関わらず0kmとなっていたらしい。それで速度が上がっていないから「シフトチェンジをしなくて良い」と言う事になっているらしい。
部品は取り寄せているが、もう少し調査をしたいので、後2日ほど時間を呉れと言ってきた。今の所暮れの大掃除にかかりっきりで、出かける予定がないから「どうぞ、どうぞゆっくり見てください」と言っておいた。

八丈島旅行ー20

12/12、今日はまず島の南部にある三原山に登ることにしました。山頂近くまで道路が通じています。…それを信じて出かけたのですが、この道路相当な代物です。狭いし曲がりくねっているし、登り道だし、おまけに側溝が切ってあります。対向車とに入れ違いなどできません。その上朝日に向かって登って行く道です。八丈富士と違ってこちらは、10万年前の噴火でできた山ですから、うっそうとした照葉樹林帯です、その樹間から太陽がさすと、全く前が見えなくなってしまいます。ドライバーの妻は四苦八苦していました。道のりを半分ほど進むと、林道の表示が出てきました。これからは道がよくなるぞと期待していたら、本当に道がよくなり一息つけるようになりました。レンタルしていたのが軽だったので助かりました。もっとも、行きも帰りも車にはまったく出会いませんでした。
山頂への道も車道ですが、車の進入は禁止されています。約35分ほどを歩いて登ります。

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鉄塔のあるところが山頂です。

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左側は「イズノシマダイモンジソウ」花期は10~11月 右はスミレです。こんな花やアシタバやユズリハ、カクレミノなど、普段あまり見かけない照葉樹林帯の木々を見ながら楽な道を進みます。間もなく山頂です。

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山頂の三角点です。


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山頂から見た照葉樹の山の連なりです。八丈富士とは大いに異なった眺めです。これで八丈島のふたつの山を登ることが出来ました。

次に訪れたのが「服部屋敷」、時間が30分ほど遅れてしまったので、八丈太鼓の演奏は聞けませんでした。ここは見るべき遺産はあまりありませんで下。

次いで黄八丈の織本。展示されている物を見て、その値段の高さに圧倒されてしまいました。特に900万円の着物には(@_@)。

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その後は地熱発電所近くの温室へ。帰るまで少し時間の余裕があったので、中之郷・藍ヶ江の足湯に行きゆっくりとしてきました。

そこでこんな石の海岸を見ました。

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こんな石を使って積み上げたのですね。

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大賀郷・陣屋跡の玉石垣です。その昔流人がおにぎり一個で担ぎ上げたとか・・・。
以上で八丈島旅行記は終わります。
反省。なーに小さな島だろうと舐めて掛かり下調べをしていませんでした。やっぱりj準備ははしていかねばなりませんね。だから、写真も的を得たものが撮れませんでした。

八丈島旅行ー9

所で昼食の事なのですが、走りながら探すのですが中々見つかりません。仕方がないので土地のオバチャンに聞いてやっと、丼物からうどんまでやっている店にたどり着きました。
この日もそうでしたが翌日も、せっかく海の真ん中の島に来たのだからおいしい魚料理でも食べようと探したのですが、全く食堂らしきものが見つけられませんでした。又こんな時の強い味方がコンビニなのですが、二日間の間で全く見かけませんでした。多分ないのだと思います。
スーパーマケーットはそこそこの大きさのものがありましたが(島の中央部で)、そこは店の大きさに似合わず弁当類が充実していました。島寿司もあったし握り寿司もありました。もちろんコンビニのような弁当もあります。
島での昼食はこれが狙い目かもしれません。
「アシタバ天麩羅うどん」と言うのを注文しました。てっきり、アシタバの天麩羅が出るのだと思っていたら、海老天でした。アシタバは粉にしたものがうどんに練りこまれたものでした。物の本によると、八丈では何かを作ろうとしたときには必ずアシタバの粉を混ぜてみる、たとえソフトクリームやアイスクリームであっても・・とありました。
味はまあ、うどんですね。

午後からは、飛行場の南側にある植物園に行きました。野生の花が大好きな私には見逃せないところです。
圧巻はやっぱり「光るキノコ」でしょう。

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キョンも見ました。鹿の仲間だそうで中国から輸入された模様です。犬より少し大きい程度です。

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園は私たちの貸切みたいでした。短い映画があるから見て行けと言われて、断りきれなく我が家の3人だけで観賞しました。
その後、島の南半分のドライブをしました。

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舗装されていて良い道ですが、あまり広くはありません。特に北東部のスネークロードは結構気を使います。
この道の峠は「登龍峠」と書いて「のぼりょうとうげ」と読むのだそうです。峠の両端の登り口の法面には、タイルで「道を登っていく龍」が描かれていました。
全行程でもそうでしたが、車が非常に少ないです。この峠道も全く出会いませんでした。道が狭くても真ん中を走れるから気楽なものです。
次の写真は峠から見たものです。

はるか夕景の中に見える、三宅島です。300mmで写しています。こんなに大きく見えません。

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これは八丈富士を見ています。

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八丈島旅行ー8 八丈富士を登る

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島穂北端部から赤線のように車で登ります。山頂近くにつけられている水平道路を右回りに走り赤線の最後の所から点線にように徒歩で1280段の階段道路を登ります。

登り始めてすぐに芸とが設けられており、こんな看板が立っていました。

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家畜だったものが野生化したのでしょうか。金属製のネットフェンスがぐるりと張り巡らされていました。きょろきょろ見ながら歩いたのですが、残念ながらヤギは見られませんでした。
代わりにこんな花を見ながら登りました。

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八丈アザミというそうです。
次はスミレです。時期外れの咲き残りでしょう。

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次はサルトリイバラの実。今まで見た中で一番立派な実をつけていました。

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ほどなく山頂に着きます。山頂部分は一面の草原状になっています。登山道わきにはガクアジサイが非常に多く繁っており、そのたヒサカキやヒメユズリハ、ヤマグルマなど背丈の低い木々が茂っています。森林とは言えない状態です。

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火口内には常緑樹が随分と茂っています。山頂部分では風が相当きつく、立っていられないくらいだったので、火口壁の上にある最高点は断念し、火口内の浅間神社に向かいました。ここは高い木ではありませんが、古木然とした樹木が茂っていてなかなか貫禄がありました。

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これは浅間神社の裏から覗いて河口の様子です。見たとたんにコナンドイルの「ロストワールド」を思い浮かべました。浅間神社から戻る途中、脇道に入り河口のほうに進んでみましたが、踏み跡があやふやになってきたので
途中で引き返しました。コケが茂り2~3m程のヒサカキのような樹木が茂り、ちょっと湿原のような感じだったのは意外でした。

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下山後は青線のように、水平道路・・鉢巻道路を通ってまた島の周回道路に戻りました。

八丈島旅行ー6

ホテルから出てすぐの所、島の北東海岸tの中央部にある、底土港にまず出かけました。なにはともあれ此処をアンカーと成る所と決めました。海水浴場もありキャンプ場もあるところです。

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底土湊のすぐ北にあるキャンプ場から見た八丈富士とイソギクです。
更に底土光の北にある神湊港に立ち寄り、そこから今日の行程、島の西海岸のほうへ飛行場の北の道を通って向かいました。
ここは、南原スポーツ公園のあるところです。八丈富士がまだまだ若い山であることを示しているのでしょう、ゴツゴツした溶岩の海岸が広がっていました。

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背後に見える小島は、八丈小島と言ってかつて源の為朝が流されていたところです。今は無人島です。


一寸アングルを変えてみるとこうなります。

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同じ場所から島の南東部のほうを見ています。手前の溶岩の海岸の向こうに島の南東部の海岸線…断崖が見えています。新しい大地と古い大地の差でしょうか。

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これは島の一番北の所にある「アロエの群落」で見たアロエの花です。

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八丈島旅行ー5

2日目走ったルートです。

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中央右の赤い丸が私たちの宿泊しているところです。そこから左側:西海岸のほうへ空港の北側の道を通って出ます。それより島の北西部を海岸沿いに右回りで回ります。島の北性先端で、八丈富士の登山道路に入り、水平道路をこれも右回りに1周して又元の道におります。
途中水平道路の南東部で点線の道を通って八丈富士に登ります。
三根地区の食堂で昼食をとり、その後名東部に向かいます。途中空港の南側にあり植物園に入りました。後は島の南東部をこれも右回りでぐるっと1周しました。

八丈島旅行ー4

八丈島を見ると、中央部がくびれた「ひょうたん」または「殻つきのピーナッツ」のような形に見えませんか?二つのふくらみの中央付近には、それぞれ山があります。実はこの「ひょうたん型」をした八丈島、年代の違う二つの火山が合わさって現在のような形となった火山島なのです。
 「ひょうたん型」を形成する二つの火山は、北西側が八丈富士(西山)、南東側が三原山(東山)とよばれています。北西側の八丈富士は円形に近いなめらかな形状に対して、南東側の三原山では複雑な海岸線の形状や地形がみられます。これらの違いは、八丈富士と三原山の二つの火山が形成された時期と深い関係があります。
八丈富士は数千年前から活動をはじめた新しい火山で、流動性の高い溶岩を流出し続けながら円錐形の山を形成しました。八丈富士の噴火は今から約400年前の江戸時代まで繰り返しました。他方、八丈富士とは対照的に、三原山は約10万年以上前から活動してできた古い火山なのです。
・・・・・なのだそうです。
で、その違いなのですが・・・。

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出来てからまだ新しい八丈富士の姿です。樹木がまだまだです。

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出来てから10万ね経過している三原山山頂から見た様子です。樹木がうっそうとしています。

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八丈富士から見た島の中央部の平らな所です。

八丈島旅行ー3

八丈島とは?黄八丈、流人の島、源為朝や宇喜多秀家が流された島。知っていることと言ったらこんなことぐらいかな?そこで今日は、八丈島の姿を・

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でっかい図です。ゆっくり見てください。


 八丈島は、東京の南方海上287キロメートルに位置し、面積69.52平方キロメートルのひょうたん型をした島です。地形的には富士火山帯に属する火山島であり、南東部を占める三原山(700.9メートル)と北西部を占める八丈富士(854.3メートル)から成り立っています。


 集落は、島の南東部に位置する三原山を中心とする樫立・中之郷・末吉で形成される坂上地域と、島の経済活動の中心地である大賀郷・三根で形成される坂下地域があります。


 八丈小島は、八丈島の北西7.5キロメートルの海上にあり、島のほぼ中央にあたる太平山(616.8メートル)から成る面積3.1平方キロメートルの火山島ですが、昭和44年6月に全員離島し、現在は無人島です。


 気候は、黒潮暖流の影響を受けた海洋性気候を呈し、年平均18.1℃、高温多湿で雨が多いのが特徴です。

平成17年 8,837人 4,310世帯


 産業は農業(花き観葉植物栽培)と沿岸漁業を基盤としています。商工では焼酎やくさや加工、伝統的工芸品の本場黄八丈織などのほか、各種の観光関連サービス業が中心となっています。

だそうだそうです。

八丈島旅行ー2

12/12、今日から島内を見て回る。
ホテルから飛び出して東海岸のキャンプ場に出てみる。まず目に飛び込んできたのがこの風景。

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島の北部にそびえる八丈富士854.3mです。これを登る予定です。東海岸の底土港、神湊港を見てから西海岸へと飛行場の北側の道路を走る。
先ず目を引いたのが黄色い花をつけた「イソギク」。東北では見られない、東京・千葉・神奈川・静岡でしか見られない花です。これを見てやや興奮気味。

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後ろに見えるのが八丈小島です。

次に驚かされたのが「ツワブキ」。イヤー、実にたくさん咲いています。島内の道路を一周したがどこもツワブキで満開でした。新しい道路脇には、多分植えたのだろうと思われるところがたくさんありました。

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野生の花好きには答えられない見ものでした。

八丈島旅行ー2

着いた日の夕食、楽しみにしていた「島寿司」、またの名を「ベッコウ寿司」が出ました。これは中々の絶品です。
白身魚をたれに漬けておいたネタを、やや甘めの寿司飯っを使った握り寿司です。ワサビは使わずに、からしを使っています。白身魚はタレの色でベッコウ色になっています。物の本によるとからしを使うのは、わさびが取れなかったからだという理由のようです。
魚のネタもいいのですが、岩のりを握ったものも中々おいしいです。私はこれが気に入りました。美味しかったので最終日のおひるも「島寿司」にしました。

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それともう一つ美味しいと思ったものが、名物のムロアジのクサヤの干物を小さくほごしてこれも又名産のあしたばとのゴマ和えです。妻や娘は匂いが・・・と言っていましたが、私にはまったく気になりませんでした。

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これがアシタバ(明日葉)です。セリ科シシ「ウド属です。伊豆半島・房総半島・伊豆諸島に自生する。栽培もおこなわれている。この辺りではアシタバを粉末にしておいて、何か作るときにはまずその粉を混ぜてみる・・・アイスクリームにも、うどんにも・・だそうです。うまいとかどうとかは・・・要するに山菜ですから。

そのほかムロアジのキノコのあんかけ等々、食べきれないくらいたくさんの料理が出ました。
でもねー、不思議だったのが味噌汁とか吸い物の類が出なかったことです。

日が暮れて廻りの景色が全く見えない暗闇の中を到着し、轟々と吹く台風並みの風の中で珍しくて美味しい物のを食べる・・・中々異国情緒満点でした。

車の事

娘が帰って来ているので車がないと不便。と、言う事で先週末から、トラブルの原因調査で、デーラーに預けてあった車を、とりあえず引きあげてくることにした。
メカニックの話によると、車のトラブルは私の言うような状況(信号待ちでストップしていたのち再発進したとき、時々トルクが上がらず、エンジンの回転だけが上がる)が再現できたそうだ。
この現象は「2速に固定されている」のだそうだ。1速でなく2速発進をしているのだそうだ。さすがメカニック、一発で減少を見抜いている。
ただしこれがどんな原因から来ているのかは、これだとは言えず多分これとこれだろうと二つの原因らしきものを
聞かされた。
確実とは言えないがと、断ったうえでまあこれが正解だろうという原因の修理見積もりを出してきた。42000円なり。まあ仕方がないだろう。
日曜日から又預けることで、話をつけてきた。

八丈島紀行ー1:羽田はいい天気だったのですが

12/10 八丈島の旅に向かう。羽田からのフライトは12:40なのでそれほど急いで家を出る必要はなおのだが、この季節、なにがあるかわからないので、AM6;34の岩沼発の東北本線に乗り、仙台発AM7:14のはやてー東京着8:56で出かける計画をした。案の状、猛烈な寒波とかで当日の東北本線は強風を予想して間引き運転になった。幸い私たちの乗る6:34は対象外で無事出発することが出来た。その後東北本線は運休になったとニュースで知った。
成田にはAM10:00少し前にはついてしまった。関東は良く晴れており、羽田からスカイツリーや東京タワーまでよく見えていました。

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所がなんです、八丈島への出発1時間位前になって機材の都合がつかなくなったから12:10発はキャンセルだというアナウンス。何でも、各地が寒波の影響でダイヤが乱れて羽田への着陸が混雑してしまい成田に着陸させている、そのために機材が準備できないのだという。困った困ったです。でもまあ、次の便15:40に全員振り替えて搭乗することが出来てやれやれでした。ところが八丈島行の搭乗口は64番と一番端だったのが今度は52番と反対側の一番端になってしまいました。あきれるほど歩かされてしまいました。あわてて、ホテルとレンタカー屋さんに遅延の電話を入れました。3時間もうろうろさせられ、そろソロと思っていたら今度は又搭乗口が変更、1階のゲートでバスで飛行機に案内しますときた。ウーンと思っていたら、今度は又使用機材の到着がおくれたと・・・。結局搭乗が20分ほど遅れてしまいました。
それでも何とか八丈島めがけて飛びだしてくれたからよしとしましょう。全国的に荒れた天候だったのですねー。
空からの眺めを楽しみにしていたのですが、遅くなったので房総半島が少し見えたくらいで後は雲と暗闇の中になってしまいました。気流が悪く少し揺れましたが順調に飛行し、八丈空港の誘導灯もよく見えてきました、・・と思っていたら飛行機が急に機首を上にあげて飛びあがっていきます。何だ、何だ・・・・。
機長よりのアナウンス、「低気圧が来ていて風が強いために、着陸を中止しました。地上からの連絡では15分ほどで低気圧が通りすぎる見込みとのことです。当機はそれまで上空で待機します。それでも不可能なときには羽田に引き返すことも検討します。」まあどうにでもしろや・・・の心境になってきました。結局20分近く上空で待機させられてしまいましたが、着陸した瞬間はホットしました。搭乗する予定の便がキャンセルになった挙句、乗換便も40分も遅れて到着の次第となりました。
17:00近くおまけに曇り空です、もう真っ暗です。あわててホテルに連絡をいれると、担当者がお迎えに行っているはずですと言う。こんな事には慣れているのかな?探すと、看板を持って立っていました。これからレンタカーを借りて向かおうとしていたところだと話すと、私が対処しますと言って姿を消し、しばらくすると戻ってきました。
そして迎えの車でレンタカー屋へ直行、手続きしたら旦那さんは車を運転して私の後にについてきてくださいと言う。おかげで手際よく進んだのはいいのですが、暗闇の中レンタカー屋にどう進んだのか、ホテルにはどう進んだのかさっぱりわかりません。最終日は、空港からレンタカー屋に電話をかけて道筋を尋ねる有様でした。
それに付け加えると、当夜は台風並みの強い風が吹いていました。

地震

相当強い地震がありました。震度は5弱だと思っていたら4でした。
随分長く揺れが続き、これに続いてもうひと揺れ来たら相当の被害が出そうだなと思っていたら、そこで揺れが収まりました。でもみんな肝をつぶしただろうな。
まあ被害が出なかったのは何よりでした。

今日は散歩に出かけるのにちょっと腰が引けるほどの強風。
田圃の中の道では、前に進むのが中々大変です。でも山道に入るとずーっと穏やかになります。

風が来るたびに青空をバックに、落ち葉が舞散ります。太陽に照らされてキラキラ光る様は実にきれいです。
写真に収めるのは中々大変ですね。オートフォーカスではピントが合いません。おまけに葉っぱは小さいから望遠で狙わないと、シミ程度にしか映りません。だから余計にピントが合わないのです。今日は思い切って絞っておいて、高い木のテッペンの葉っぱにピントを合わせ、フォーカスロックをしておいてシャッターを切ってみました。

次はマニュアルで、置きピンをしておいてからやってみよう。

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車が不調

7月頃からなんだけどどうも車が不調です。
どう不調かと言うと、信号待ちをするときにエンジンがかかったままブレーキを踏んで待機していますが、信号が青になって発進しようとアクセルを踏んでも、回転だけ4000~5000くらいまで上がるだけで、トルクが出ないのです。ちょうどLOWで走っているような状態になってしまいます。走りながらこの状態から、LOWにしてもセカンドにしても治りません。発進はするから、後ろからクラクションを鳴らされることはないのですが、交差点ですからあわてます。結局脇にいったん停止して、レバーをパーキングに戻し、改めて発信すると通常にシフトが上がっていきます。
9月の定期点検で、このことを話をしてみてもらったのですが、原因はわかりませんでした。1月に1回~2回位の頻度ですから、再現が難しいのですね。
仕方がないので、長時間待たされる、大きな交差点では、停止中はパーキングにすることで乗り切っていました。ところがこのころになって発生の頻度が高くなり。2日に1回くらいで起こるようになってしまいました。
その上今日は、クラッチをパーキングにしても治らなくなりました。
いったんエンジンを切ってやっと元の状態になりました。もうこれでは安心して乗っていられません。さっそくメーカーに持ち込みました。
でもメーカーの人が試乗してみたのですが、こんな時には発生しないんですね。
仕方がないので、車をしばらく預けて、点検をしてもらうことにしました。まだもうしばらく乗りたいですからね。

年賀状」-2

年賀状は、私、妻、連名の3種類を作っている。今日はその印刷を行った。
それぞれを何枚づつ印刷すればいいのかを調べて驚いた。
なんと今年は「喪中につき・・・失礼します」のはがきが17枚もあった。これは今までにない多さ。
やっぱり付き合っている人たちが高齢になったと言う事か。
おかげで、年賀j状が17枚も余ってしまった。
来年からは12月に入ってから買うことにしよう。

年賀状

気付いたのだけど、先般義理の姉が無くなった。
じゃあ、年賀状はどうする?
今頃になって、喪中ハガキを出しても間にあわないし・・・。
そういうことで、我が家は直接なくなった義姉を知っている人および義姉の死を知りうるひとのみに、手書きのはがきでお断りを入れ、後は例年どうりに出すことにした。


ケバイのはやめて大人しい図柄にした。
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