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葬式の事ー2

近くにセレモニー会館などない田舎ですから、葬儀は家で行われました。
通夜ですが、あの辺りではご近所や知り合いの方は出席されないみたいです。身内だけで取り行われました。
大体本葬は13:00頃に設定されます。
お斎と言って、ご近所の方々が昼食を用意して葬儀を行う家の人および縁者を接待してくれます。
もっとも今では、仕出し弁当を取り寄せるだけです。もちろんこの費用は葬儀を行う側が持ちます。私の昔の記憶では、仕出し弁当などの気の効いたものはありませんでしたから、ごはんからおかずまで近所の人が作ってくれました。おかずはほぼ定番で、刻み昆布、里芋、人参、牛蒡、厚揚げの煮ものでした。
今回の様子を見ていたら、お世話をしてくださったご近所の方々の分も弁当が取り寄せてありました。私の、これも又昔の記憶では、葬儀が終わった段階で近所の方の手伝いが終わり、その後喪主側がご近所の方を接待するしきたりでした。
葬儀にはご近所からたくさんの方が参列してくれました。到底家には入れませんから、身内以外は全員外になります。
今回は農協が葬儀を仕切っていましたが、外にはテント・椅子が用意されていました。以前真冬の雪のちらつく中で立ちんぼうをした経験がありますが、つらかったですね。
葬儀で驚いたのが、浄土三部経のお経が終わった後「仏教賛歌・・・御仏に抱かれて」と言う歌を全員が歌っていたことです。随分葬式に行きましたが、これは初めてでした。何十年も前に同じ地区で行われた義父や義母の葬式にも行きましたが、この時にはうたわれていませんでした。
あとで土地の古老や、お坊さんに聞いてみたのですが、はっきりしたしきたりのようなものは無いようでです。どうやら、農協が特色を出そうとしてやっているみたいですね。

それと喪主がかつて県議の秘書をやっていたためでしょうか、弔電に安倍信三や前官房長官の河村などの名前があったのも時節柄でしょうね。
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葬式の事-1

疲れていたので、書くのが遅れてしまいました。葬儀は、妻の姉でした。長い間パーキンソン病と闘っていましたが、80歳で永眠しました。
出向いた所は山口県の山間の町、かつては秋芳洞や秋吉台の観光でにぎわった所ー秋芳町…今は美祢市ーですが今はもう訪れる人もうんと少なくなっていました。
昔は新幹線を利用して新山口(昔は新小郡)まで行き、そこからバスを使っていました。
今はもう65歳を過ぎています・・と言う事でやり方を変えました。
仙台から福岡へ飛行機で向い、博多から新幹線で新山口へ戻ることにしています。エッと思われるかもしれませんが、これが便利なのです。
仙台空港へは車で行けます。3日間あづけて1500円です。仙台から福岡へは飛行機だと行き2時間10分、帰りは1時間50分、それに新幹線が50分ほどで済みます。料金は新幹線で向かうと仙台ー新山口間が28000円ほど、飛行機だとシニア料金で仙台福岡間が12000円、福岡ー新山口が5000円ほど。随分と安くて早く到着できるのです。
もっともこれは当日空席があってのことですが・・・。幸い今回はゲットすることが出来ました。
それと先に書いたように、今は観光もすたれているし、何よりマイカー時代ですから新山口からバスを使うとなると、とんと時間が読めません。かと言ってタクシーとなると約60kmほどですからとんでもない料金になります。それで、レンタカーを使うことにしました。所が駅レンは連休中と言う事で空きがなし。駅前のものは、翌日と言う事で時間がまにあわず予約が出来ません。まあ何とかなるだろうと、出かけてみました。幸い1台だけうまく見つかりました。フィット・クラスで48時間プラス6時間ほどの超過料金で17000円ほど。ガソリンは2500円ほど。
妻の故郷ですし、私の興味もありますからちょっとした寄り道もできました。時間の制約がないレンタカーは正解でした。

干し柿つくり

昨日買って来た「蜂屋柿」で干し柿つくりをしました。総計20kg、64コもありました。
これだけ皮を剥くのはなかなか大変です。でもここ何年かやっているので、それなりに学習をしています。
最初は得意の包丁で向いていたのですが、ここの所キュウリなどの皮むき器を使っています。
きれいに向くコツは、まずヘタの部分を包丁でグルグルと皮をむいておきます。次いで皮むき器でヘタの部分から頭のほうへ向いていくわけですが、この時に皮むき器の刃のい半分だけ皮のあるところに充てて剥きます。残り半分の刃は、皮に当てません・・・すでに剥いたところにかぶさります・・。当てて、実を削らないように。
こうすると、皮が残ることはありません。皮が残ると、その部分が乾かないし、できたときに固くなります。
もう一つ、ボールに水を用意しておきます。剥いていると包丁も、皮剥き器も刃に渋がつき粘っこくなり上手く剥けなくなります。一寸水で濡らした遣ると按排が良くなります。

例年困っているのが干す場所です。我が家に立て方は軒先が高い所にあるので、普通にぶら下げると雨に濡れてしまいます。今年は二階のベランダに脚立を挙げて、差をを渡して干すことにしました。問題は柿を吊るす棒です。物星は奥方の許可が出ません。いろいろ考えた末、最近とんと出番のなくなったスキーの板を使うことにしました。60kgが雪の上で飛んだり跳ねたりしても耐える素材です。20kgでは問題ありません。
使ってみると意外と按排がいいです。

あとはじっくりと乾燥させて、甘みが出てくるのを待つだけです。年末には間に合うでしょう。

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干しガキ

例年のように干し柿をつくろうと思って、丸森の耕野地区に「蜂谷柿」を買いに出かけました。耕野地区というのは、阿武隈川沿いで丸森町の一番西に位置します。岩沼から車で約50分ほどかかります。
丸森は放射能の事で騒がれていますが、柿からは検出されていないと言う事なので作ることにしました。
昨年は11/10頃に出かけたのですが、まだ早すぎる20日すぎでないと・・・と言われ、なんとか取り立てのものを買ってきた記憶があります。それで今年は今日出かけたわけです。店にはたくさん出ており20kgほど買いました。

その後、干し柿の吊るされている風景を写真に収めようと思い、山間部に入ったのですがほんのちょっとだけしか見られませんでした。代わってまだ木に鈴なりになった柿がきれいにみられました。
先ほどの店に戻ってその話をしたら、「今年はちょっと遅れていて、先週あたりやっと葉が落ちた状態です。だからまだ土地のほうでも、収穫に入っていないのです。」とのことでした。干し柿の風景を見るには、もういちど出かけてくる必要がありそうです。

帰路斉理屋敷の隣の店に、おいしい酒まんじゅうがあるのでわざわざ立ち寄りましたが、なんと店内改装で休業中でした。後ろ髪を引かれる思いでスゴスゴ帰ってきました。

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ハシゴ

今日は病院のはしごをしました。
先ずは、内科・血圧の薬をもらいに行きました。血圧の測定結果は、130-70でまずまずうまくコントロールされている状態でした。
それはそれでいいのですが、問題は薬が子供を産むらしく何時の間のか余ってくるのです。
先日のように、朝早く家を出てコンビニでサンドウィッチなどを買って食べる時に、薬を持って出るのを忘れるのです。それがだんだんと貯まるのですね。まあ1ヶ月に1コ位ですから、いいとしましょう。
午後は歯医者です。ブリッジをかけていた残りの歯に詰め物をするのですが、今日はその型を取りました。来週埋め込みをする予定です。これが住むとまた一月に1度くらい、点検と史跡の掃除で済むようになるでしょう。・・というか、そうなるように期待しています。

今日も青麻山に登りました

天気も15時ころまでは持ちそうなので、今日もトレーニングのために青麻山に出かけました。
青麻山の登山は、蔵王町宮(東側ー高速道路側)課のほうから登ります。

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岩沼の千貫山からも見えます。いつもは南側のルートを取り、下山は北側のルートを取ります。今日はその逆を歩きました。こちらのほうが幾分楽なように思えました。

下山途中銃を持った人と出会いました。熊の冬眠穴を探すのだとか。「居るの?」と聞いたら、「親子ずれがいるから気を付けて・・・」といっていました。
時間も十分だったので、ハンターさんと15分くらい話をして過ごしました。
熊の話から、鹿とか・・・。今までイノシシは丸森が北限と言われていたが今は岩手県の一関まで北上しているとか・・。北海道まで鹿狩りに出かけるとか。富士山に登りたいとか。最後には放射能の話まで・・・多岐にわたりました。ただし、政治の話はでなかったなー。

無線中継所あたりから見た青麻山の姿です。

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青麻山登山

登山の当日金曜日は疲れて眠かったので寝てしまったし、昨夜はTVドラマのはしごで遅くなってしまった、と、言う事で青麻山の事が書けなかったので、今日書くことにします。
当初は南蔵王の不忘山に登る予定で、スキー場の駐車場まで行きました。

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所が駐車場に着いてみると、山頂方面は雲の中で周りの山にも積雪が見られ、どうも山頂付近では吹き溜まりが出来ていそう。一人で登る状態ではないなーと、何となく嫌な気分になった。

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こんな弱気な気分になった時に決行するとろくなことが起こらない。さっさとやめて、青麻山に登ることにした。
もともと、トレーニングの目的で来たのだから、山はどこでもいいわけです。
青麻山はちょうど紅葉の見頃、これは千貫山への散歩道で確認済みです。

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道そのものはきつい登りと言うだけで、どうということはないのですが落ち葉が積もって地面が見えないので、随分と神経を使いました。
下り道で、落ち葉の中に隠れているこんなやつを踏んだら、ただでは済みませんからねー。

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ドングリの事

私の知っていたと言うより私にとってのドングリとは、写真のような物でした。

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これは正式に言うと「クヌギの実」です。これをドングリと言っていました。
この辺りでは次の写真のようなものも、すべてドングリと言っているようです。


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これは正式に言うと「コナラの実」です。私の小さい頃は、こんな長い奴はドングリとは言いませんでした。名前などもらえない程度のものでした。
ただその中で、椎の実だけはちゃんとした正式な名前で呼んでいました。何しろ食べられますからね。ゆでてよし、炒ってよし、おやつなどもらえない時でしたからおいしいと思って食べました。

「ドングリの背比べ」と言うことわざがありますが、私の言っているクヌギの実だと本当にその意味が分かるでしょう。コナラの実だと、長いの短いのとたくさんありますから、背競べが出来てしまいます。

私が小さかったころはまだ「木炭」は重要な燃料でした。その木炭の原料となる木がクヌギだったから、山にはたくさん植えられていました。またその樹液は、昆虫の好物でしたから、チョやクワガタやカブトムシの宝庫でもありました。

カレンダー

USA仕様のカレンダーを5部印刷しました。USA仕様と言うと何か大げさになりますが、なーに日本の祭日の赤色を黒文字にしただけです。
所で、またもや失敗、同じ月をだぶって作ってしまいました。インクと用紙を5枚分無駄遣いしてしまいました。

所で散歩ですが、今日はグリーンピア岩沼まで山越えで往復しました約20000歩ありました。

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一寸、きれいにまとまりすぎですね。

歯の治療

今日、左上奥に銀歯を入れました。
もともと虫歯で随分前に削って、アマルガムの詰め物をしていたのですが、それが取れてしまいました。それはそれでいいのですが、外れた瞬間「アット」思ったのですが、その金属が口の中に残っていなかったのです。つまり、食べてしまったのですね。気を付けていたのですが、出てくるのも確認できませんでした。
取れた原因は、歯周病で歯茎がだめになり、歯がグラグラしてきたためです。歯周病で歯茎が腫れているので、まずそれを直す必要がありすぐに治療には入れませんでした。そうこうしている内に、今度は残っている歯が大きく欠けてしまいました。前のような埋めるという治療はもうできません。
まず、根っこだけ残して大きく削ってしまい、そこに土台となる歯を埋め込みます。(神経は完全に殺して、心棒を建てる穴が、残された歯の根っこに開いていました。)今日はその上に金冠をすっぽりとかぶせました。
まだ落ち着いていませんから、固いものはかめませんが、それにしても咀嚼が随分楽になりました。

金冠をかぶせると、噛み切ることが困難になります。か噛んで柔らかくはできるのですが、いわゆる噛み切るのが困難なのです。

今日は散歩は休み

一日中降ったりやんだり、さすが時雨の季節です。
仕方がないのでちょっと早いけど、カレンダーを印刷するための用紙を買いに出かけました。
私のプリンターは、当時出たばかりの顔料インクを使ったインクジェットプリンターなので、光沢紙には印刷が出来ません。無理をすればできないこともないのですが、やはり出来上がりがいまいちです。そのために、絹目調の用紙が必要なのです。
結構高くつくのですね。それで店を3件廻り値段を比べてみました。大手の○店ではおいてさえありませんでした。もう1件の●店では、たかいねー。
と、言う事でアウトレットで買い求めました。900円(17%)も安く買う事が出来ました。

避難訓練の事

そうそう書くのを忘れていましたが、塀の裏の空き地にクリスマスローズを植える件はすでに完了しました。
まだ1/3ほど空きスペースがあるので、後はリュウノヒゲとかシャガ、ツワブキなどで穴埋めをしようと思っています。

今日は吹上町内の防災・避難訓練がありました。震災から1年8ヶ月経ちました。今日の参加者は、昨年に比べて、760人ほど少なくなっていました。
だめだねー。もう、のど元過ぎて暑さをわすれてしまったのかな?

皮膚科

首の後ろが何かにかぶれたのか、湿疹ができたりカサカサになったりしてかゆみが出ることがある。ほおっておけばそのうち治るだろうと思っていたのだが、4ヶ月経っても一向に良くならない。大したことはないのだけど、まあ行ってみるかと思い立ち、皮膚科に行った。
泌尿かと併設なので、結構患者が多く1時間ほど待たされた。
診察室に入ると、女医さんが
「首の後ろに湿疹ができ足りカサカサになって痒いのですね。」と、幹部も見ずにのたまう。問診票に書いたからなー。「ステロイド系の塗り薬を出します。それを塗って1週間様子を見てください。それで良くならなかったら来てください。多分薬も切れることでしょうから」
これで終わりました。2分、いや1分だったと思う。

なんでこの程度でやってくるんだ・・・と言う事でしょうね。

そこを何とか

今日やる予定だった塀の外の空き地にクリスマスローズを植える件は、風が強いのでやめました。こんな日に、石灰や肥料をまくと、花咲か爺さんになってしまいそうです。明日やります。

所で、来年のトレッキングについてなのですが・・・・。
年金生活者の我が家に取っては軍資金の工面が中々大変なのです。(暇はたっぷりあるのですが)
そこで、我が家の奥方に
私もそろそろXX歳になって体力的にも高所の、それも長期のトレッキングに行くことができるのはそう長くないと思う。それで長年行きたいと思っていたところに来年挑戦したいと思っている。家計が苦しいのは、重々承知しているのだけど「そこを何とか・・・」と泣き落としの交渉をした結果、予算を獲得することが出来ました。
目的地は、ネパール・ポカラの北にある「アンナプルナのベースキャンプ」
最高到達点は4130m、最高宿泊地点も4130m
日程は16日間
時期は来年3月25日から(シャクナゲの花の咲く時期です)
そこからはⅠ峰8091m、Ⅱ峰7937m、Ⅲ峰7555m、Ⅳ峰7525m、南峰7219m、マチャプチャレ6993mなどが望めます。
アンナプルナはフランス隊によって初登頂されていることから、ネパールではフランス隊の山と呼ばれています。
又特異な山容のマチャプチャレは神聖な山と言う事で登頂は許されていないので低いけれども未踏峰なのです。
残念ながら、最近は急登の力と、速度にいささか衰えが出てきました。要するに先行者を追い抜くことが難しくなって来たと言う事です。
写真を撮りながら、特にしゃがんで花を撮りながらメンバーと同じように歩くためには1.5倍くらいの体力がないと楽しく歩くことができません。宿泊地に着いてみんなが休んでいるときにも出歩いて写真を撮らなければなりません。
と、言う事で歩行も10月末よりぶらぶら散歩からトレーニングモードにギヤチェンジをしました。雪が降る前に、蔵王登山ももう1~2回は行っておきたいと思っています。雪が積もったら、スノーシューかスキーでの登山になりそうです。

今日は活躍しました

震災のデーターのHPへのアップが済んで一段落しました。
そこで今日は庭にの仕事をしました。
1:庭木の選定をしました。
2:植え込みの下の除草。
3:塀の外の除草。ここは取りにくい所なので、この後に葉の茂りやすいクリスマスローズを植えて、雑草が生えるのを防ぐつもりです。これは明日やる予定でいます。

蔵王登山の事

表題とは県警がありませんが
「東日本大震災1年半後の記録:岩沼、亘理町~松川浦」をアップロードしましたので、暇なときにでも見てください。    http://goo.gl/Q55XF

表題の蔵王登山に関して
昨日蔵王に登ってきました。実は、エコーラインはてっきり日曜日で閉鎖されたものと思っていたのですが、行ってみると5日の午後5時まで開通していました。
11月に入ってからずーっと登山のチャンス狙っていたのですが、天候が不順で出かけられませんでした。下界は好天でしたが、山頂部は荒れているみたいで雲の中、風も強そうでした。
天気予報を見ていてどうやら、高気圧が東海上に去り、低気圧がやってきてはいるが新潟から山形・宮城はまだ晴れの様子。これなら風も弱いだろうと出かけることにしました。ただこの時点では、道路が閉鎖されていると思っていたので、澄川スキー場から刈田岳~熊野岳に登ることにしていました。
車でエコーラインの入り口まで来てやっと今日まで開通していることを知りましたが、まあ下から登ろうと決めてきたのでそのまま、澄川から登ることにしました。
大黒天より上は、先日来の雪が結構残っていてきれいな光景を見ることが出来ました。それよりなにより、登っているのが私一人、久振りに、単独行の醍醐味を味わってきました。
エコーラインが本日で閉鎖と言う事で、山頂の神社やレストハウスも閉鎖の準備で忙しそうでした。

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冬じまい

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吾妻連邦。薄い霧の中の山襞が幻想的でした。

蔵王登山

やっとメンテナンスが終わったみたいですね。
蔵王登山に行ってきました。ずーっとこのチャンスを狙っていました。今日は眠いので、とりあえず雲の写真だけアップします。
低気圧が迫っているから、雲に変化ががってきれいでした。

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説明不要ですね。それではおやすみ。
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