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籾殻を焼く

郷愁を誘う風景に出会った。先ず画像を・・・。

画像


背景の耕運機が牛ならもっと良かったのだが・・・。
そのずーっと昔のこと、私の古里では晩秋になると田圃で籾殻を焼くのが一つの作業になっていた。山間部の村だったから、平らな所にも田畑があったが、多くは段々畑のように石垣をつんだ田圃が広がっていた。その石垣を風除にして籾殻を積み、火をつけて焼いていた。丸一日も経過すると籾殻は燃え尽きて、灰の山が出来上がる。
小学校に入学前だったから、当時私は6歳と言うことに成る。そんなガキが集まって、度胸試しみたいに焼き終わった灰の山を飛び越えて田圃に降りる遊びをやっていた。所が見事失敗、灰の山の中に飛び込んでしまった。上面は灰になっていても、カイロ灰のように中はまだまだ熱々の灰であった。「熱いよー、熱いよー」と泣き叫びながら、家のほうに向かって100mほどを走って帰る途中、近所のおじさんが気付いてひしゃくで水をかけてくれた。その時、両足の膝から下が水ぶくれで凄いことになっているのを見てて恐ろしくなった。
ここまでのことはどうした訳か、鮮明に覚えている。だけどその後のことはトンと記憶にない。
治療中、やけどの消毒をするのだがそれが物凄く冷たくて「こんな事は大人にだけやって子供にはしないでくれ」と叫びまわっていたらしい。だけど両足が動かせないのだから、暴れることも無いわけだ。治療も終盤に来て、いわゆるリハビリになった時に「どうやったら歩けるのだ?」と母親に尋ねて酷く心配をさせたようだ。本能で歩き出す年齢ではなくなっているから、脳から「足を交互に前に出せ」という信号を出さねば成らないのを思いつかなかったのだろう。トント記憶にないと言いながら、こんなことを書いているが、これは後ほど誰かからインプットされた記憶なのだと思う。
昭和20年の秋のこと、あんな時代に田舎の医者でよくもまあ治ったものだと思う。翌年何にも無かったように、小学校に入学して、皆勤しているから見事な治療だったのだろう。
こんな思い出で件の籾殻焼きを眺めた。お蔭様でその後の足は健在、(何しろ子供の時に両足に「焼き」を入れて有るから)多分他人様よりはうんと健脚だろうと思う。この健脚をもう少し長く使いたいものだ。
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